| この映画の印象は透明で暖かなものだ。ラスト近くでは哀しくつらい物語にもなるが、基本的には人と人との交流を描き、観ているだけで心温まるような気になる。
この作品は、いわゆる「白痴もの」の一つである。「白痴もの」というのはドストエフスキーの『白痴』の主人公であるムイシュキン公爵のようないわゆる“白痴”をモチーフにした物語であり、無垢の心を持つ“白痴”の存在が周囲の人々の影響を与えるという物語を(私が勝手に)総称しているものだ。このような「白痴もの」といえば黒澤明の作品(『生きものの記録』『どですかでん』そしてもちろん『白痴』)が典型的だが、他にもフェリーニの『道』なんかもそんな作品といえる。
このような作品の特徴は“白痴”が人間の素直な心を象徴しており、周囲の人々がその“白痴”に自分を映してみて自分の心の醜い部分を見つめることになるという物語である。そして多くの人たちはそれにいい影響を受け、白痴的人物も楽しい時間を過ごすことができるが、最終的にはそのような感受性に乏しい人物が登場し、物語は悲劇に終わる。
この作品もその「白痴もの」の構図に見事に当てはまる。13歳の時点で精神的な成長が止まってしまったホアの心は無垢で透明である。彼が思うのは想い出の家、そしてその家のグァバの木の世話をすることである。その気持ちが今その家に住む娘の心に届く。ホアはただただその家にいて、気の世話をしたいだけなのだ。そして同時にホアの淡い恋ももうひとつのプロットとして登場する。ホアはもう40代のオジサンなのだが、その恋はまさに初恋のように淡いものなのである。
この作品はその中心的なふたつのエピソードによって透明で暖かいイメージを見事に演出している。物語の展開が読めやすいとか、いろいろ拙い部分は確かに有るけれど、雰囲気はとてもいい。
そして、ベトナムの歴史と現在の矛盾や人々の不満もさりげなく描かれているのも映画に多少の深みを与えていていいと思う。
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