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この作品自体は、ファンタジーでコメディという感じで、途中シリアスな部分が目を見張るが、オチは読めていて、そのオチがどのタイミングで来るのかというのが脚本の妙という映画だ。かなりうまく作られているとは思うが、特別笑えるわけでもなく、感動できるわけでもない。面白くはあるが、だから何ということもない。アダム・サンドラーの作品にはそんな作品も多い。しかし、この作品はアダム・サンドラーの役者としての可能性を感じさせる。“サタデー・ナイト・ライブ”出身でありながら、コメディアンというよりは役者であり、あくの少ない彼はこれから役者として大成するのかもしれない。
アダム・サンドラーを見て思うのは“器用貧乏”ということだ。もちろんハリウッドスターの彼が貧乏なわけはないのだけれど、彼の演技や役を観ていると、うまいんだけれどどうも特徴がなく、損をしているようにも思えてしまう。
アダム・サンドラーはもちろん喜劇役者であり、出演する作品は漏れなくコメディだ。しかし、彼は顔が面白いわけでも、動きが面白いわけでも、マシンガントークがあるわけでもない。彼はコメディアンではなく、あくまでも喜劇役者であり、コメディの中で役を演じるのだ。
そして彼は演技がなかなかうまい。演技がうまいから、コメディ以外の部分でも十分に通用するし、だからこそアメリカで人気があるのだと思うが、それがゆえに今ひとつ日本ではブレイクしない。日本の観客がコメディに求めるのは“笑い”である。心温まる物語に挟まれたバカバカしい“ギャグ”ではなく、徹頭徹尾“笑い”で覆われた作品なのだ。
その点、アダム・サンドラーが日本で初めて認知された『プロゴルファー・ギル』あたりは日本の観客にも受け入れられるものだったが、その後はギャグは笑えず、面白いのはコメディ的な要素が薄い作品ばかりになり、とらえどころのない役者になってしまった印象がある。
しかし、私はこのアダム・サンドラーという役者はいつかは日本でも受け入れられると思う。彼はの役者としての歩みはどこかトム・ハンクスを髣髴とさせるものがある。例えばジム・キャリーのようにコメディで爆発的な人気をはくした役者とは違い、地道にキャリアを積み上げることで演技者としての地位を確立して行く。そこがみそなのである。
この作品の中盤は、コメディというよりは完全なヒューマン・ドラマとなり、(オチは見えているものの)仕事と家族と人生という古典的な課題についてひとつの物語を完成させている。もちろんクリストファー・ウォーケンの怪演も大いに助けになっているわけだが、その辺りはなかなか見ごたえがあった。
『50回目のプロポーズ』ではドリュー・バリモアとの新たなラブコメ名コンビを予感させたし、これでトム・ハンクスにとっての『フィラデルフィア』のようなシリアスドラマのヒットを生み出すことが出来れば、一気に一流の役者の地位に上り詰める可能性もある。
現在アメリカで公開中の“Reign Over Me”はドン・チードルと競演のセプテンバー11をモチーフにしたシリアス・ドラマだという。これはどうしてもトム・ハンクスがデンゼル・ワシントンと競演し当時の大きな社会問題だったエイズを題材にした『フィラデルフィア』とどうしてもかぶる。果たしてアダム・サンドラーは第2のトム・ハンクスとなれるのか、注目したい。
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