| ラブコメというのはあくまでラブコメであって、どれを見てもそんなに変わりはしないというのが本当のところだ。しかし、それはそれでおもしろいし(だからこそこんなにもたくさんのラブコメが作られる)、それぞれの作品に違うおもしろさがあったりする。
この作品はすごく感動的な作品だ。アダム・サンドラーというと下ネタだったり差別的だったりする少々お下劣なギャグで笑わせる作品という印象が強いが、この作品は前にドリュー・バリモアと組んだ『ウェディング・シンガー』と同じく純愛というテーマを強調した作品になっている。そしてそれが意外にピタリとはまり、涙あり笑いアリの好作品になっているのだ。
この作品でまず観客の心をつかむのは主人公のふたりではなく、ルーシーの家族(父と弟)だろう。短期記憶をなくし、毎日その日が父の誕生日だと信じて起きるルーシーのために毎日毎日同じことを繰り返す。その献身的な風景は感動的だし、クスリともさせられる。特に毎晩『シックス・センス』を見せられるというのはかなり…
そしてヘンリーも違う形でルーシーに献身的に振舞う。その3人の男たちの行動が感動的なのかもしれない。
そう考えて見ると、この作品の眼目はドリュー・バリモア演じるルーシーにある。彼女が3人もの男たちの献身的な愛情を受けるのは、彼女にそれだけの魅力があるからというよりは、彼女の白痴的なキャラクターにあるのだろう。彼女を守らなければならないという気持ちにみんなをさせる彼女のキャラクターがこの物語を束ねているというわけだ。
そして、ドリュー・バリモアはそんなキャラクターを演じるのが非常にうまい。大きな目でどこでもないどこかを眺めるような視線を送ったり、少しだらしがないような風貌をしたりというキャラクターを演じさせると非常に上手なのだ。
そして、そのキャラクターはアダム・サンドラーの下ネタをそれほど下品でないものに見せるのにも役立っている。サンドラーひとりでは下品で笑えないギャグも、ドリュー・バリモアがうまく受け流すことで笑えるギャグになる。
ラブ・コメの名コンビといえばトム・ハンクスとメグ・ライアンが思い浮かぶが、このドリュー・バリモアとアダム・サンドラーのふたりも名コンビになるのかもしれない。とはいえ、あまり作品を連発されても飽きるだろうから、また7、8年あけて新しいものを作ってくれればおもしろいのではないか。でも、続編は絶対に作らないで欲しいとも思う。
|