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私は空港を舞台にした映画というのが好きだ。なんと言っても面白かったのはジャン・ロシュフォールが主演していた『パリ空港の人々』だが、よく考えると大して面白くないはずのトム・ハンクス主演の『ターミナル』もなんとなく面白く見れてしまった。そして、私は様々な国籍の人々が登場する映画というのも好きだ。最近では『スパニッシュ・アパートメント』なんかがそうだが、その雑多な感じが好きなのだと思う。
だから、この映画が好きでないはずがないし、実際面白く見ることが出来た。基本的にはアレクセイとニーシャのロマンスが中心となり、それにまつわるふたりの夢や現実がそのロマンスを邪魔することになるのだが、実はそれ自体はあまり面白くない。結末は見えているし、にもかかわらず展開に今ひとつスピード感がない。
むしろ面白いのは彼らの周りの人々と空港そのものである。アレクセイの密入国者仲間のアフリカ人(どこの国かはわからないが、南アフリカではないかと思わせる)やモンゴル人のキャラクターは際立っているし、ニーシャの清掃員仲間(彼女たちは貧しいドイツ人だろう)も面白い。さらには、ただのいやなヤツのように思えるノヴァクも実は面白いキャラクターで、彼の存在がかなり効いている。
そして、さらに面白いのは空港そのものだ。空港の裏を知り尽くしている彼らは普段は見ることの出来ない空港の裏側を見せてくれる。荷物運搬用のコンベアーで移動し、夜中に航空機に忍び込む。それは現実の世界であるにもかかわらず幻想的ですらあり、非常に魅惑的だ。
そんな映画を見ながら、なぜ私が空港を舞台にしたい画が好きなのか、そして様々な国籍の人々が登場する映画が好きなのかということを考えてしまった。内部に入り組んだ構造を持つ空港は閉鎖的な空間であるが、逆に外に向かっては開かれている。遠く離れた場所をつなぐターミナルでありながら、その内部は閉鎖的でカオス的でもある。その複雑さに私は惹かれるのだ。
そして、様々な国籍に人々が登場する映画に惹かれるのもその複雑さゆえだ。この作品では人々のコミュニケーションは映画によって成り立っていたが、多くの場合コミュニケーション自体が困難であり、たとえこの作品のようにコミュニケーションがかろうじて成立していても、文化の違いが相互理解を阻む。この相互理解の不可能性というモノが時には喜劇を生み時には悲劇を生む。それが面白いのだと思う。
現実は複雑で、単純には理解できないものである。空港と多国籍というのはその現実の複雑さを集約したものなのではないか。現実の複雑さが集約された場所では喜劇と悲劇が織り交ざりながら濃密なドラマが展開されて行くのだ。
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