Fahrenheit 451
1966年,イギリス=フランス,112分
監督:フランソワ・トリュフォー
原作:レイ・ブラッドベリ
脚本:フランソワ・トリュフォー、ジャン=ルイ・リシャール
撮影:ニコラス・ローグ
音楽:バーナード・ハーマン
出演:オスカー・ウェルナー、ジュリー・クリスティ、シリル・キューザック

 モンターグは、全面的に禁止されている本を探索し焼却する「消防士」として有能な青年で、上司に昇進も約束されていた。ある日モンテーグは帰りのモノレールの中で近所に住むクラリスという女性に声をかけられ、クラリスは「本を読んだことがあるの?」と聞く。家でテレビを見、くすりで恍惚感に浸るばかりの妻と見た目はそっくりながらはつらつとしたクラリスに魅かれた彼は徐々に彼女と親しくなっていく。
 トリュフォーがレイ・ブラッドベリの近未来SFを映画化。初の英語圏作品だが、ニコラス・ローグ、バーナード・ハーマンなど多彩な才能に恵まれ、フランス語作品に全く見劣りしない作品に仕上がっている。

 最初の「逃げて」「逃げて」「逃げて」からかなりすごい。
 おそらくこれは原作も非常に面白いはずで、それを見事に映像化したトリュフォーもすごいということ。原作ということで言えば、「本が禁じられる」という設定と、それを取り締まる「消防士(fireman)」という発想が非常にうまい(全部が耐火住宅になったからって、消防士がいらなくなるという設定はかなり無理があるけれど)。禁止されるということと欲望との関係、それを本を利用してうまく描いているということ。
 しかし、やはりさらにすごいのはトリュフォー。近未来の世界観。1960年代から見た近未来なので、今頃のことかもしれない。壁にかけられたスクリーン、モノレール、規格化された住宅、などなど細部ではいろいろと「ちょっとね」と思うところもあるけれど、ひとつの寒々しい時代のイメージを作るのに成功している。「消防車」以外に車が全く走っていないというのも非常に印象的な設定である。そして本が燃えていくシーンのすばらしさ。本を読むシーンのすばらしさ。このすばらしさは主人公のモンターグよりむしろ「本」に焦点を当てることによって可能になっているのだろう。もちろん普通に考えれば主人公はモンターグなのだけれど、無表情で言葉すくなな彼の心情を明らかにすることよりも、彼が魅入られた本を描くことで彼と彼に代表される本に魅入られる人々の心理を審らかにあらわす。
 本が燃えていくシーンに心動かされるのは、そのように「本」というものに感情移入ではないけれど、愛着を覚えているから。そしてそのような「本」への愛着を生み出すのもその本が燃えていくシーンであるというのも面白い。繰り返される本が燃やされるシーン、そのそれぞれを自分がどのように見つめているのか、それを見つめ返してみるとこの映画のすごさがわかるのだと思う。
 そのように「本」への愛着がわけば、おのずとラストシーンもしっくり来るでしょう。ラストシーンは映像もとても効果的。ラストに限らず、この映画の映像はかなりいい。特に人間があまりいないシーンがいいですね。ネガとか、そんな実験的なものはちょっとよくわからなかったですが、ただ風景が映っているようなシーン、あるいは人がすごく小さく写っているようなシーンの構図がとても美しかった。

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