この映画の稚拙さは黒澤明の未熟さではなく、制作環境の厳しさにあるのだろう。戦後一年もたたず、物不足が激しい中で撮られた映画。その映画に潤沢な予算があったとはとても思えない。おそらくフィルムも少なく、あまり撮り直しもきかない中で、必要最低限のカットをフィルムに収め、苦心惨憺してうまくつないだ。そんな印象がこの映画にはある。だから黒澤明らしいじっとりとした長いカットは影を潜め、短いカットの連なりで映画は構成される。
そのような厳しい環境の中でこの映画を救ったのは原節子だ。原節子は表情の変化であらゆることを語り、ただのクロースアップひとつで映画にどんどん意味を積み込んでいく。映画を通して映り続ける原節子の顔顔顔。おそらく厳しかったであろう撮影状況を救うのはこういった役者の演技力・表現力だろう。もちろん演出もあるけれど、そうそう演出だけで表現を引き出せるわけではない。
映画の最初のほうではその原節子のクロースアップに違和感を感じる。これはもともとはそうたくさんクロースアップを入れる予定ではなかったためなのだろうと推測してみる。映画を通して考えてみると、原節子のクロースアップを使うことが映画を救う道だと考えた末、そのような違和感を生んでしまってでもどんどん原節子のクロースアップを入れていった。そのように空想してみる。全体的に光量が足らず、室内の場面はあまりロングで撮れなかったというのもあるかもしれない。どちらにしてもさまざまな制限の中で黒澤明が選んだのは「原節子」だったということだ。そのように断定してみる。
そう考えると、黒澤明の選択は正しかったと思える。この違和感と圧倒的な原節子の存在感がこの映画が戦後の混乱にうずもれてしまうのを防いだのだろう。決して映画として完璧な傑作というわけではないけれど、この映画の裏にしのばれるさまざまな事情、厳しい制限の中でも立派に映画をとりきった黒澤明と原節子の情熱を感じる。
そして、この原節子のクロースアップは『白痴』につながった。『白痴』は原節子、森雅之、三船敏郎、久我美子のクロースアップで出来ている映画だ。『白痴』が撮られたのはこの作品から5年後のことで、すでに黒澤は映画監督としての地歩を固め、2時間46分という長尺の作品をとることができるようになっていた。戦後という時代がまだ続いていた1951年に撮られた、戦後をテーマの一つとするような作品であり、また黒澤のひとつの野心作でもある『白痴』の源流がこの『わが青春に悔なし』にあるように思えた。それは、原節子とそのクロースアップということにとどまらない。
|