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私が愛したギャングスター

2002/4/23
Ordinary Decent Criminal
2000年,イギリス,95分

 
            
     
 
 ダブリンで次々と強盗を成し遂げていくマイケル・リンチと仲間たち。2軒の家に帰れば妻と義妹とたくさんの子供たちが待っている。警察を挑発し、子供たちにも警察を信じるなというおとぎ話を聞かせる。そんな彼が妻と見に行ったカラヴァッジョ展で名画「キリストの逮捕」に心魅かれる。
 売れっ子ケヴィン・スペイシーがイギリスに呼ばれちょっと変わったギャング映画を撮る。ケヴィン・スペイシーはイギリス映画の雰囲気にもよくはまり、むしろアメリカでやっているよりいい感じ。
監督 サディウス・オサリヴァン
脚本 ジェラード・ステムブリッジ
撮影 アンドリュー・ダン
音楽 ダイモン・アルバーン

出演 ケヴィン・スペイシー
    リンダ・フィオレンティーノ
    ピーター・ミュラン

 

 

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 まず、映画の表層をなぞっていくと、面白いのは音楽のミスマッチ感と、空想と思わせるシーン。人のクロースアップになった後、シーンが続くとそれがその人の空想であるように思えるのはわかりやすい映画の文法だが、この映画はその文法を使いながら、そのようなシーンが必ずしも空想ではなかったりする。あるいは空想があまりにぴたりとあたっているのか。そうでなければ未来の出来事が前倒しで映像化されているということなのか。その出来事のつながり方のギクシャクした感じもなかなかいい。
 それにしても、この映画はなかなかとらえどころがない。マイケル・リンチは冷酷なところも見せながら人をひきつけるキャラクターだ。そもそも人は何故か「よい泥棒」というものに惹かれるらしい。このマイケル・リンチは必ずしもよい泥棒ではないかもしれないが、味のある泥棒であることは確かだ。その味のある泥棒が名画を盗み、もとの持ち主である教会に帰す。別に教会は明確に「返してほしい」といっているわけではない。それがオリジナルであっても複製であっても同じという態度だ。その複製を気づかれないようにオリジナルにすりかえておくマイケル・リンチの意図は何なのか。単純に絵が教会にふさわしいと考えただけなのだろうか。
 展覧会で警備員に守られて飾られているときより、教会で神父たちが食卓を囲む上にかかっていたほうが光景として美しいことは確かだ。それをうまく映像によって伝えている。観客はマイケル・リンチの視点になってそれを満足げに眺める。それでいいということなのかもしれない。
 単純にサスペンスとは言い切れないかなり不思議な味わいの映画でした。