Lies
1999年,韓国,108分
監督:チャン・ソヌ
原作:チャン・ジョンイル
脚本:チャン・ソヌ
撮影:キム・ウヒョン
音楽:タル・パラン
出演:キム・テヨン、イ・サンヒョン

 卒業を間近に控えた女子高生のYは親友のウリとウリが大好きな彫刻家Jとの仲を取りもとうとJに電話をしてみるのだが、電話をしているうちにY自身がJのとりこなってしまう。落ち合ってそのままホテルへと直行したYとJは危険な倒錯愛に落ち込んでゆく…
 過激な内容で賛否両論話題を呼んだ小説の映画化。映画もまたその過激さから話題を呼んだが、衝撃的なほど性描写が過激なわけではない。

 最初の30分はひどいもの。ドキュメンタリーっぽくビデオで撮られたの出演者へのインタビュー。安物のAVまがいのラブ・シーン。手ぶれやぼかしも鼻につく。たとえば、JがYを駅で待つシーン、ショットはJの主観なのだけれど、改札口から出てくるYの姿にピントはあっていない。そのピンボケの状態はYがJのすぐそばに来るまでつづく。この撮り方に何の意味があるのか、どんな効果があるのか? 何かの効果を求めて作っているのだとしたらあまりに的外れではないかと思う。
 内容もたいしてショッキングではなく、ただのSM好きのおやじの話でしかないよとおもう。韓国においてセンセーショナルで、パイオニアであったとしても、それは韓国という国の国内事情によるものに過ぎず、映画という世界においてはひとつも新しいものはない。
 そんな新しさもないところで、何か救いを求めるとするならば、二人が逃避行をする部分での救いのなさだろうか? しかしそれも最後には周到に救われてしまうことで、意味を奪われてしまう。ただひたすら落ち行く二人を描ききれば、二人は救われないにしても映画としては救われるものになったかもしれないと思う。
 結局のところこれはポルノに過ぎないということ。それもいわゆる「ポルノ」に。きのうのアナベル・チョンのような思想のあるポルノではない単なるポルノ。しかし、ポルノであるものが一般映画として作られたということが韓国では意味のあることなのかもしれない。ひとつの壁というか規制を崩すという意味では意味があったのかもしれないと思う。この映画によって崩された壁を越えた作品の中からいいものが出てくれば、ちょっとは救われるのかしら、とも思う。

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