1959年,日本,97分
監督:増村保造
原作:伊東整
脚本:白坂依志夫
撮影:村井博
音楽:塚原哲夫
出演:佐分利信、沢村貞子、若尾文子、川崎敬三、叶順子、左幸子

 画期的な発明をして化学会社の重役になった真田佐平だったが、貧乏の頃から一転、仲間や昔の知り合いから遠まわしに金を無心されることが多くなり、会社の対応も決して親切と言えるものではなかった。そんな生活に徐々に嫌気がさしている佐平だったが、妻や娘はその贅沢な生活を満喫していた。
 当時年間4本ペースで映画を撮りつづけていた増村保造初期の作品の一つ。軽快なコメディ路線とは別のどろどろとした人間ドラマ路線の作品。

 増村作品としてはそれほど卓抜した作品ではありませんが、どろどろとした感情のもつれを描くのが得意な増村らしい作品。特にこの作品はその感情を整理せずにそのままの状態で提示し、一つの方向性に持っていこうとしないという点で非常に面白い。いい/悪いというような二分法を働かせることは全くせずに、ただただ感情の奔流をそれこそ「氾濫」させるのに任せるような描き方。それは本がどうこうとか、プロットがどうこうということよりも、「どこまで見せるのか」という監督の意図がストレートに反映される部分のような気がする。そのような意味でこの感情の表現のコントロールは増村保造自身の得意分野なのであると改めて確認をしたわけです。
 そのようなドラマの部分を抵抗なく描ききるためほとんど全編にわたっていわゆる普通の映像で構成されている。よく言えば自然、悪くいえば平板な映像によってドラマを際立たせようとする意図が感じられます。しかし、その感情たちがいっせいに「氾濫」する最後の5分か10分くらいはラストシーンをはじめとして、はっとさせるシーンにあふれている。それが始まるきっかけは左幸子を前景の真ん中に配し、右に部屋、左に階段を移すシーン。この突然の構図の変化は一気に感情をスクリーンの外へ流しだす。そしてそれから連なるシーンではそれぞれの登場人物の感情が濁流のように流れ出す。そしてその感情の本流の中で登場人物それぞれの人間性を判断しようとしてしまうのだけれど、果たしてその判断がつくことはなく、このレビューもこのまま流れていきます…

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