映画の1917年 - スター時代の到来
この年、アメリカではトライアングル社が最大の支援者であるロックフェラーの意向により清算され、その大部分がパラマウント社に併合された。この原因としては『イントレランス』などの大作の興行的な失敗のよるところが大きく、パラマウントは以後、監督中心からスター中心のシステムへと移行していくことになる。そのスターの一人ダグラス・フェアバンクスはトライアングルを離れ、独立したうえでパラマウントの傘下に入り、パラマウントの看板スターとなった。また、この年バスター・キートンがロスコー“ファッティ”アーバックルの作品でデビューしている。
そして、これに対抗する形でこの年ファースト・ナショナル社が設立された。ファースト・ナショナルは後にメアリ・ピックフォードやチャールズ・チャプリンと契約し、大きな勢力となる。チャプリンはこの年、前年契約したミューチュアル社で作品を製作、『チャップリンの移民』などがヒットした。
このアメリカ映画の隆盛はまずイギリスに及び、イギリスでの多くの劇場はトライアングルによるブロック・ブッキングに応じ、この年パラマウントがその契約を引き継いだ時点でイギリス全土の3500の映画館のうち2500館がパラマウントと契約することになった。
フランス、イタリアの映画は対戦の影響を免れず、依然として停滞。ロシアでは2月革命、10月革命と立て続け革命が起きソヴィエトが成立、その結果、映画産業の国有化が進んだ。これは結果的に20年代のソヴィエト映画の隆盛を準備することとなるのだが、この時点ではまだ沈黙していた。
ドイツではエルンスト・ルビッチに続いてフリッツ・ラングが脚本家としてデビューし、市場がほぼ国内に限られているにもかかわらず、少しずつドイツ映画なるものが姿を見せつつあった。
日本では、「純粋映画劇運動」という新たな動きが生まれようとしていた。これは歌舞伎に根ざして展開されてきた日本映画に対して、外国のような高い水準の映画の製作を目指すもので、基本的なコンセプトとしては自然な映画的な表現を目指そうというもので、女形を廃し、クロスカッティングやクロースアップといった映画言語を活用することを旨とした。そしてこの年、その最初の作品と位置づけられる『大尉の娘』が井上正夫の監督・主演によって製作された。
1917年の主な作品
『小公女』 出演:メアリ・ピックフォード
『二都物語』 監督:フランク・ロイド
『チャップリンの移民』 監督・出演:チャールズ・チャップリン
『キートンのコニー・アイランド』 監督:ロスコー・アーバックル 出演:バスター・キートン
『大尉の娘』 監督:井上正夫
映画の1918年 − チャプリンの『犬の生活』
チャプリンはこの年、ファースト・ナショナル社と契約する。これは監督・出演者としての契約ではなく、製作委託の契約であり、チャプリンはこれを受けて念願の自分のスタジオをハリウッドに建設し、映画の製作を開始する。その記念すべき第一作として作られたのが『犬の生活』である。ここからわれわれがよく知るチャプリンらしい作品が本格的に作られるようになったのである。
グリフィスはアメリカよりもヨーロッパでもてはやされるようになり、この年イギリスとフランスで『世界の心』という作品を演出している。これは戦意昂揚映画で、戦争が佳境を迎えていたヨーロッパの政情を反映した作品となっていた。
ヨーロッパではこのような戦意昂揚作品が数多く撮られ、映画が戦争にとって有効な宣伝手段であるということを証明した。
第一次世界大戦の好景気に沸いていた日本では、日活、天活とも製作に力を入れるようになる。特に日活の向島撮影所では昨年の『大尉の娘』の成功を受け「革新映画」と呼ばれる作品が次々と作られる。その旗手となったのは監督田中栄三で、この年に撮ったトルストイ原作の『生ける屍』では女形を使ったものの、カッティングやモンタージュに革新的な要素を取り入れた。
またこの年、インディペンデントで映画芸術を作ろうという製作者たちが映画芸術協会を設立、後の純映画劇への流れを作った。
1918年の主な作品
『犬の生活』 監督・出演:チャールズ・チャップリン
『担え銃』 監督・出演:チャールズ・チャップリン
『ロイドの二挺拳銃』 監督・出演:ハロルド・ロイド
『世界の心』 監督:D・W・グリフィス 出演:リリアン・ギッシュ
『闇に住む女』 監督:マーシャル・ニーラン 出演:メアリ・ピックフォード
『ミッキー』 出演:メイベル・ノーマンド
『生ける屍』 監督:田中栄三
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