息もできない
2010/5/26
Breathless
2008年,韓国,130分
- 監督
- ヤン・イクチュン
- 脚本
- ヤン・イクチュン
- 撮影
- ユン・チョンホ
- 音楽
- ジ・インヴィジブル・フィッシュ
- 出演
- ヤン・イクチュン
- キム・コッピ
- イ・ファン
- チョン・マンシク
- ユン・スンフン
ヤクザのサンフンは汚い言葉しか使わず、暴力をふるい、いつも怒りをにじませている。そんなサンフンが女子高生のヨニと出会う。ヨニはサンフンにびびることもなく、ふたりは会うようになる。そのヨニはベトナム戦争で精神を病んだ父親と不良の弟を抱え、どん底の境遇にいた…
俳優として活躍してきたヤン・イクチュンの初監督作品、むき出しの暴力とむき出しの精神が見るものに突き刺さる衝撃作。

(C)2008 MOLE FILM ALL Rights Reserved
登場からこのヤン・イクチュン演じるサンフンのチンピラっぷりが凄い。怒りと諦めと鬱憤のすべてが暴力という形で噴出しているような破壊的な人格だが、悪人というのではなく、社会の完全に埒外にある。暴力的で強欲なのではなく、暴力そのものなだけで欲はなく、カネはパチンコに使い、あるいは姉にくれてやる。
そんなサンフンを見て思うのは、彼は何をしたいのか、ということとどうしてこうなってしまったのかということだ。前者については答えは出ない。なぜなら彼自身それがわかっていないからだ。ある意味では彼自身が「何をしたいのか」が少しでも明らかになっていく過程がこの映画のプロットのひとつであるといえる。
後者については、はっきりと描かれる。その理由は彼の過去、彼の父親のDVにある。と書くとありがちな話のように見えるが、サンフンは単に父親に暴力を振るわれたというだけではなく、それ以上に悲劇的な過去を背負ってしまっている。そしてその過去が彼に「息もできない」ほどの生き難さをもたらしてしまっているのだ。
そしてもう一人の主役ヨニ、彼女もまた暴力によって悲劇的な過去を背負わされることになったひとりだ。そしてその結果もたらされた彼女の今の生活には逃げ場がない。しかも彼女は自分がつらいということを人に見せたくないという気丈さを持っている。そのことによって彼女もまた「息もできない」ほどの生き難さの中を生きることになってしまっている。
その2人が出会う。ヨニはサンフンの暴力的な態度にひるむこともなく、むしろサンフンに対して悪態をつき、殴ったお詫びにおごらせようとする。ここで生まれる関係性というのは運命というよりは生き方の一致、暴力によってすべてを破壊してゆくサンフンと、開き直っているヨニの間に壁がないことで物語がつむぎ出されてゆく。
サンフンの言葉で印象的なのは「殴る奴は殴られるとは思っていない」というものだ。だからサンフンは思い知らせるために殴る奴を殴り続ける。彼の言葉をさらに説明するならば、殴られる奴はいつか殴る側になり、殴られていたことを忘れて、殴られるとは思わなくなる。ということだろう。だから殴る奴は殴るのをやめず、殴る奴は果てしなく再生産され続ける。
サンフンはその連鎖を断ち切るべく(という意識は持っていないだろうが)殴り続けるのだ。しかしもちろんその連鎖を断ち切ることとその連鎖に絡めとられることの間は紙一重である。サンフンはどのように連鎖を断ち切って、自分と周囲をどのような人生へと向かわせるのか…
そのように暴力を振るうことによって暴力の連鎖を断ち切ろうとするサンフンの行動と、そのサンフンに別の関係のあり方を教えるヨニの行動によって(意図的ではないにしても)人と人とが結ばれてゆく。サンフンが断ち切り、ヨニがつなぐ、それによってほんの一瞬ではあるけれど息をつける瞬間が訪れるかもしれない。すべてを変えることは出来ないけれど、自分の周囲をほんの少しだけ変えることなら出来るかもしれない。悲劇と絶望に支配された物語だからこそそんな小さな希望が尊いものに見える。
閉塞感がはびこる今の時代にこそ見るべき秀作。

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