緑の光線
2010/2/22
Le Rayon Vert
1985年,フランス,98分
- 監督
- エリック・ロメール
- 脚本
- エリック・ロメール
- 撮影
- ソフィー・マンティニュー
- 音楽
- ジャン=ルイ・ヴァレロ
- 出演
- マリー・リヴィエール
- リサ・エレディア
- ヴァンサン・ゴーティエ
- ベアトリス・ロマン
デルフィーヌは恋人もおらず、ヴァカンスをどう過ごすか決めかねていた。友人と会って情緒不安定になって泣き出すと、友人の一人がシェルブールで一緒に過ごそうと言ってくれた。恋人を求めるデルフィーヌだが、理想が高く、声をかけてきた男性は不審の目で見てしまう…
ロメールがわずか3人のスタッフとともに16mmで撮り上げた、“喜劇の格言劇”シリーズの第5作。
一人でさびしくパリでヴァカンスを過ごすのはいや、だけど友達に誘われてシェルブールに行っても、誘いをかけてくる男性は信用できないと言って逃げ、友人達との食事の席では自分が肉を口にしない話などをして場をしらけさせてしまう。そしてほとんどの時間を一人で過ごし、数日後に逃げるようにパリに帰ってくる。そして同じようなことを何度も繰り返してしまう。
しかも彼女はよく泣く。自分の孤独や惨めさに感じ入ってむせび泣いてしまう。このデルフィーヌは完全に情緒不安定だし、周りにしてみればなんとも迷惑な存在だ。せっかく出会いの場を作ってあげようとしても逃げ出すし、場の空気を壊してしまう。
それでも彼女の気持ちもわからないではない。いいようなない不安、周囲に理解されないと言う不満、もっとちゃんとしなきゃとわかってはいるのにそれが出来ない自分の弱さ、彼女はそういったものを一身に負ってしまっているのだ。
そんな彼女が老人たちがジュール・ヴェルヌの「緑の光線」の話をしているのを聞く、その小説によると、夕日が沈む最後の一瞬に見える“緑の光線”を目にすると、自分の心や他人の心を読むことができるのだと言う。
それに彼女は何かを感じる。くり返し「自分のことがわからない」という彼女はその“緑の光線”に何かのヒントを見出したのだろう。
その後も彼女は変わる様子を見せない。しかし、彼女の変化はゆっくりと訪れる。変化と言うよりは気分の違いにしか過ぎないものなのかもしれないが、少しは変わる。デルフィーヌという女性にはなかなか共感できないが、その心のありようを描くこの描き方はさすがロメールだと感じる。
この作品はすごくロメール的だしヌーヴェル・バーグ的なのではないか。ロメール的やヌーヴェル・バーグ的というものがどういうものか明確には説明できないけれど、この作品の明確には説明できないものを雰囲気で表現するというありようが“いかにも”だと感じるのだ。
その雰囲気で表現された何かにすごく映画的なものを感じる。何かを伝えるよりは感覚的にわからせるという感じ、それが映画によって実現されているところがすごいと感じた。
