コルシカン・ファイル
2010/1/26
Away from Her
2006年,カナダ,110分
- 監督
- サラ・ポーリー
- 原作
- アリス・マンロー
- 脚本
- サラ・ポーリー
- 撮影
- リュック・モンテペリエ
- 音楽
- ジョナサン・ゴールドスミス
- 出演
- ジュリー・クリスティ
- ゴードン・ビンセント
- オリンピア・デュカキス
- マイケル・マーフィ
- クリステン・トムソン
結婚して44年になるフィオーナとグラントの夫婦、最近フィオーナが認知症の症状を見せるようになり、フィオーナは介護施設に入ってみるという決断をする。しかし施設に入った場合には最初の30日間は会うことができないという。グラントはそのことに躊躇するが、フィオーナはそれでも施設に入ることにする。
実力は女優サラ・ポーリーが初めて脚本・監督を務めたヒューマン・ドラマ。ジュリー・クリスティはゴールデングローブ主演女優賞を受賞、アカデミー賞にもノミネートされた。
なんといってもジュリー・クリスティ。年老いたとはいえ美しく、そして演技が素晴らしい。まったくもって自然なのだが、その表情やしぐさ、わずかな言葉で本当にたくさんのことを観客に伝える。
繰り返されるクロスカントリースキーのシーン、その表情の美しさは無辜なまなざしに表われるのだが、そのまなざしの無辜さは痴呆から来る白痴的なものに感じれらる。そのような背景を知っているからそのように見えるということももちろんあるのだろうが、それだけではなくただ笑うのとはちょっと違う微妙な表情の作り方をしているようにも見えるのだ。
認知症の人をどう演じるのか、それは非常に難しい問題だ。正気と忘却の間を常にさまよい、自分自身の存在すら揺らぐありよう。そのありようを説明的なものに頼ることなく表現すること、その困難な仕事をジュリー・クリスティは見事にこなしている。
何かを懸命に思い出そうとしているのだけれど、その懸命さを周囲に悟られないようにしようともする、そんな心理がフィオーナの表情には常に表われている。単純にうつけた表情や取り繕った笑顔ではなく、表面に見えているものとその後ろに隠れているもの、そしてさらには彼女自身からも隠されているものという三重の思考と感情のうねりが読み取れるのだ。
やはり若くしてさまざまなことを考え、悩み、難しい選択をしてきた女優サラ・ポーリーであるだけに、俳優の演技を見る目は確かだったということだろう。
演出のほうも、二つの時間軸を平行させて展開させるという工夫があったりしてなかなか面白い。単にフィオーナとグラントの物語を展開するのではなく、未来のある時点に起きることを予言しておくことで現在からその未来にどのようにつながっていくのかという展開への興味と、その未来の物語がどう進展してゆくのかというふたつの興味によって観客の興味を引きつけ続けることができる。
そして最後まで何かを明確に語ろうとしないところもサラ・ポーリーらしいのかもしれない。ハリウッドのわかりやすさから逃れ、カナダに活動の拠点を移したサラ・ポーリーは役者から監督へと立場を変えても、わかりやすさの罠を避けようとする。物語がひとつの明確なメッセージへと収斂するのではなく、さまざまな可能性を残して散逸しながら幕を閉じるというイメージ、それは観客への問いかけなのだ。
この物語では、グラントのさまざまな選択が焦点となる。現在のみならず過去の時点も含めた彼のさまざまな選択、その選択によって何が変わるのか、予見できない未来を選択するとはどういうことなのか、そのことをこの物語は問いかける。彼の選択は正しかったのか、それとも間違っていたのか、ということではない。人間はいつまでも選択し続けなければならないし、その選択にしたがってその後の人生を生きなければならない。
この映画はただそのことを語っているだけなのだ。その中で大切に思う人のことをどう考えるのかとか、さまざまな不確定要素に対してどのような判断を下すのかとか、そういったことが問題になってくる。それぞまさに人生、いくつになっても人は常に自分の人生と真摯に向き合って選択を重ねていかなければならないのだ。
