アトランティスのこころ
2009/12/7
Hearts in Atlantis
2001年,アメリカ,101分
- 監督
- スコット・ヒックス
- 原作
- スティーヴン・キング
- 脚本
- ウィリアム・ゴールドマン
- 撮影
- ピョートル・ソボチンスキー
- アレン・ダヴィオー
- エマニュエル・ルベツキ
- 音楽
- マイケル・ダナ
- 出演
- アンソニー・ホプキンス
- ホープ・デイヴィス
- デヴィッド・モース
- アントン・イェルチン
- ミカ・ブーレム
幼馴染の訃報を聞いて故郷を訪れたボビーは11歳のころに経験した不思議な出来事を思い出す。母と二人暮しの家の二階に越してきた独り者の老人テッドはボビーを気にかけ、二人は仲良くなるが、実はテッドには不思議な力があり、何者かにおわれているのだという。そしてボビーもそのテッドに不思議な力に少しずつ気がつきはじめる…
スティーヴン・キング原作のファンタジー・ドラマ。60年代の雰囲気がよい。
相手の心を読める不思議な能力を持つ老人テッド、そのテッドとひと夏をすごす11歳のボビーがさまざまな経験をして大人への階段を上るという話。
スティーヴン・キング原作の少年ものといえば『スタンド・バイ・ミー』を思い出すが、この作品もそれにどこか通じるものがある。ひと夏の経験によって少年が大人への階段を一歩上る、そんな瞬間を描いている。
ただ、この作品の場合、少年ボビーが何を経験し、何を学んだかということは意外とはっきりしない。彼は母親と二人暮し、母のリズは死んだ夫がお金を残してくれなかったことで始終愚痴を言い、仕事が忙しいといってボビーにかまうことはせず、自分のドレスは買うが、ボビーの誕生日プレゼントは図書館のカードだ。
そんな母親はどう見ても自分勝手だ。しかし子供にしてみれば母親というのは絶対的な存在であり、母親のすることに疑いを差し向けることなどしない。自分の望みがかなわないなら、自分に非があるのだと思うのが子供だ。
だからボビーはそんな母親に混乱させられる。母を信じたいが信じきれない、そこにテッドが現れるのだ。テッドはすぐにボビーと友達になる。彼が父親のいないボビーにとっての父親代わりになると考えるのは簡単だが、そういうわけではない。ボビーもテッドに父親を求めようとするのだが、テッドはそれには答えようとしない。彼はボビーとの間に一定の距離を置きながらもボビーをただし方向に導いてゆく。
そしてボビーは最後にはテッドの期待をも超えた成長を見せる。ボビーは母親がどういう人なのかを知り、それにショックを受けるが、それを責めるのではなく、理解してさらには許そうとする。そしてテッドに対してもガールフレンドのキャロルに対しても成長を見せる。
ボビーと母のリズの関係を除いてはどの結末ももやもやとしてすっきりしないものだが、現実の世界とはそのようなものであり、そのような現実を受け入れることもまた大人への一歩なのかもしれない。この作品はファンタジックな前提に立ってはいるが、そのファンタジーそのものであるテッドというのはもしかしたらボビーの子供時代の終わりを意味する何かのメタファーなのかもしれない。子供から大人に成長することとは、幻の国=アトランティスを失うことである、というのがこの作品の言わんとすること。つまり、ボビーはテッドを失うと同時にアトランティスも失ってしまったわけだ。
しかし失ったと入ってもその記憶までも失ったわけではない。その記憶はどこかでボビーを支え続け、大人としての生き方の糧になっている。この作品は誰しもが持つそんなアトランティスの記憶をわずかながら呼び覚ましてくれるものなのかもしれない。
もやもやしてはいるがなんとなく納得もできる。ファンタジックでありながら大人向けという印象の佳作。
