天国の7分間
2009/12/1
Sheva Dakot Be Gan Eden
2008年,イスラエル,94分
- 監督
- オムリ・ギヴォン
- 脚本
- ニムロド・エルダー
- オムリ・ギヴォン
- 撮影
- ニタイ・ネツァー
- 音楽
- アドリエン・ブレーズ
- 出演
- レイモンド・アムサレム
- エルダド・フリバス
- ナダヴ・ネッツ
ガリアは1年前の爆弾テロ事件で恋人を失い、自身もひどい火傷を負った。そんな折、ガリアは市場でパニックに襲われ、そこを通りかかったボアズに助けられる。二人が距離は徐々に縮まる中、ガリアはテロ事件のときに、自分を救ってくれた救命士を探し始める。
戦闘やテロが今も散発するイスラエルで展開される人間ドラマ。最後に考えさせられる展開が。
テロで恋人を失って約1年、体の傷は癒えてきたが心の傷はまだ癒えず、ガリアは人ごみでパニックに襲われる。そこで助けてくれたボアズと幾度か会ううちに心の傷も徐々に癒えてくる。一方で自宅に送られてきたネックレスをきっかけに、それを送ってくれたであろう救命士を探し始める。
事件当時の記憶も一部失っていたガリアは心の傷が癒えてゆくにしたがって徐々に記憶も取り戻してゆく。いったい何があったのか、その事件の真相にも興味をそそられるし、ガリアとボアズの関係がどうなるのか、そしてストーカーっぽいボアズがいったい何者なのかという謎も気になる。そして徐々に変化してゆくガリアの心情、それはテロ事件という悲劇と人が向き合う時のひとつのあり方を表している。
そしてこの映画にうなってしまう理由は最後のどんでん返しというかあっと驚く展開にある。まあおそらく日本で公開されることもないので、ネタバレ承知で書くけれど、ガリアとボアズが恋人関係になり、さらにボアズが救命士だったということが明らかになる。そして2人は事故現場へとゆき、そこでガリアの記憶が一気によみがえる。そしてその最後、ガリアが助け出されたところで場面は一転、ガリアと恋人のオレンの結婚直前のシーンとなる。
結婚を間近に控えたガリアとオレンの家をボアズが訪ねるのだ。一瞬「いつのことだ?」と思うのだが、考えればすぐにそれがこれまでの物語とは異なる時間軸の物語であることがわかる。そして、それが事故のときにガリアがボアズに2度目の爆発を予言し、急いでオレンを助けてくれるように頼んだ結果訪れた現在であるとわかるのだ。
そしてそれが可能になるということは、ガリアが事故後に訪れたラビの言葉にほのめかされていたのだ。
もちろんこんな展開は現実的ではない。しかし本当にそうだろうか? 過去というものが本来は人の記憶にしか存在していない以上こんなことだってありうるのかもしれないなどとも思う。そして同時に過去の一点に戻ってやり直したいという人間の願望の表われであると考えることもできる。もしそうならば、どこまでが現実でどこからが非現実なのか。それすらがあいまいになる。
そしてその感じが実はこの映画にぴたりとあっている。テロというのはまがまがしい現実であるのだけれど、1年間という時間がたったとき、その記憶は霞の向こうのものであるように見え、現実と非現実の境はあいまいなものとなる。もちろんそれではいけないのだろうけれど、暴力というあまりに現実的なものが過剰すぎるがゆえに現実感を伴わないということも理解できる。
と書きながらなんだかわからなくなってしまったが、この物語がかもし出す“感じ”は悲劇の非現実感とでもいうべきもののように思える。現実の悲劇というのは心が拒否しているからなのか、どこかで非現実的な感覚が伴うもの、その感じがよく出ている。それに対してどう対処するかということについては人それぞれなのだろうが、その“感じ”はわかると思う。
