グリーン・デイズ
2009/11/26
Green Days
2009年,イラン,73分
- 監督
- ハナ・マフマルバフ
- 脚本
- ハナ・マフマルバフ
- 撮影
- モハマド・ヤズディ
- 音楽
- アザド・アスラニ
- アルマン・アスラニ
- 出演
- アヴァ
- ナサニン
2009年6月に行われたイラン大統領選、現職のアフマディネジャドに対抗するムサヴィに若者は熱狂し、ムサヴィ陣営のカラーである緑を身につけて次々街に繰り出した。演劇を志す二十歳のアヴァは子供のころから前大統領ハタミに憧れ、アフマディネジャドに異を唱えてきた。そんな彼女が街で若者達に次々話を聞く…
2009年のイラン大統領選とその後の混乱を一人の若者の目からとらえたドキュメンタリー。事実は混沌としているが、ひとつの見方を提示してくれる。
2009年のイラン大統領選とそれにつづく抗議デモは世界的なニュースになった。そしてその抗議デモが暴動に発展し、警察による鎮圧が行われるとそれに関する情報の流れは止まり、イランで一体何が起こっているのか世界からは見えにくくなってしまった。しかし、一部の若者はツイッターなどのソーシャルメディアを利用し、わずかではあるが現地の状況が漏れ聞こえるようになり、それを支持する声が世界で起こった。しかし本当のところ何が起こっていたのか、全体的な状況を知ることはイランの人々にもイランの外にいるわれわれにもわからない。
この映画がとらえているのはその大統領選、企画の段階ではもちろんそんな暴動や鎮圧という騒動がおきることを予想しているわけもなく、ムサヴィ大統領の誕生を願って熱狂的な行動を起こす若者達を映しているだけのものだったはずだ。実際、この作品の映像の多くはそんな若者達へのインタビューであり、主人公であるアヴァが前大統領のハタミと面会しようとするその行動を映そうとするものであった。
しかし、事件はおきてしまい、その事件を伝える貴重な映像(おそらくネットに流されたものだと思われる)が作品に織り込まれることになった。その映像はかなり衝撃的だ。リアルに人が撃たれ、血が流れ、死んだように見える人も出てくる。映像のバリエーションは少なく、時間も短いけれど、その衝撃は強く、それがアヴァのトラウマとなっているという構成になっている。
主人公のアヴァは鬱状態になり、医者にもかかり、自宅(アパート)前の階段を掃除するという作業によって心の安定を見出そうとする。
そのアヴァが作ろうとしていた舞台は口にテープを張られた女性達が演じる劇である。これは非常に意味深だ。大統領戦後の混乱のときに情報の統制が行われたことからもわかるように、イランの人々はある意味ではサバルタンなのである。途中に「セリフが検閲された」という場面が出てくるように、発信される情報への統制は今も厳しい。それを象徴的に示した“口にテープを張られた女性”のイメージは力強い。
そしてこの暗喩が意味を持つのは、今回の事件では政府が統制しようとした情報が、ソーシャルメディアを通じて世界に漏れ聞こえたという事実があるからだ。イランの若者たちは個人でツイッターなどのソーシャルメディアを通じて情報を発信し、flickrやYouTubeに映像をアップして世界に真実を伝えようとした。そのことを知ってこの映画を見れば、この作品が語ろうとしていることは容易に伝わる。Green Daysというタイトルも、ムサヴィ候補陣営のテーマカラーである緑がイラン大統領選の真実を伝える世界的なムーブメントのテーマカラーとなったという事実を想起させる。
この映画の終盤に来るのは、アヴァがアパートから出かけようとするとき他の住民が仕事をしていたり、何か作業をしていたりしてアヴァと挨拶を交わすというシーンだ。それにアヴァは笑顔で対処する。このシーンが示唆するのはアヴァの行動と意思が周囲の人たちに広がって、周囲の人たちが少し変わったということだろう。そしてその変化は皆の幸せにつながる。アヴァの目の前の小さな一歩が大きな(というほどではないかもしれないが)変化を生むきっかけとなったということだ。
そしてそれは今回の事件で起きたソーシャルメディアによる情報の流通という小さな変化が大きな潮流となり、世界中がイランを注視する結果を生んだということにもつながる。映画の最後に来るのは国連によるイランへの勧告である。この勧告ではこの今回の選挙結果に何らかの操作が加えられたという可能性をほのめかす。実際には組織票の力(映画中にも軍隊に所属する若者が上官にアフマディネジャドに投票するよう強制されたというシーンが出てくる)によって当選を勝ち得たということなのかもしれないが、真実は結局わからない。
この作品が伝えるのはイランの若者のリアルな姿、偏りのある情報ではあるけれど、見えにくい事実の全体を見通すためのひとつのピースとしては非常に大きな意味を持つ。容易に流通する政府側の情報とあわせて見ることで、事実のようなものがうっすらと見えてくるような気がする。
