なくもんか
2009/11/12
2009年,日本,134分
- 監督
- 水田伸生
- 脚本
- 宮藤官九郎
- 撮影
- 中山光一
- 音楽
- 岩代太郎
- 出演
- 阿部サダヲ
- 瑛太
- 竹内結子
- 塚本高史
- 皆川猿時
- 片桐はいり
- 鈴木砂羽
- カンニング竹山
- いしだあゆみ
東京の下町にある善人通り商店街でハムかつで有名な惣菜屋“山ちゃん”を営む山ちゃんこと下井草祐太は決してクビを横に振らない根っからのお人よし。実は幼い頃、父親に置き去りにされ、この店の店主に育てられたのだ。そんな“山ちゃん”に取材に来た人気お笑いコンビ“金城ブラザーズ”の祐介は実はその山ちゃんの生き別れた弟だった…
水田伸生、宮藤官九郎、阿部サダヲという『舞妓Haaaan!!!』のトリオが再び集結、今度は東京を舞台に人情コメディを展開する。

(C) 2009「なくもんか」製作委員会
下町の総菜屋の店主“山ちゃん”こと下井草祐太、頼まれたことは決して断らないお人よし。幼い頃父親に置き去りにされ、なんとなくそのまま育てられて総菜屋を継いだという。
こんな風に描いてしまうとあまりに人情話っぽい。まあ確かに根本的には人情話な訳だが、そのすべての要素に笑いを挟んでいくのが宮藤官九郎らしいところ。
大人になった祐太は張り付いたような笑顔をいつも顔に浮かべる。そしてそこに一緒に育ったてっちゃん(徹子)が美人になってふいに帰ってくる。そして生き別れた弟の祐介も現れる。こう展開して行っても祐太の心に渦巻く感情は表に出てこないのだが、しかしその奥に何かがあることは見て取れる。それを表現するぎこちなさ、演技のぎこちなさではなく、生きづらさから必然的に表れてしまうぎこちなさを阿部サダヲが見事に演じる。
というよりは、阿部サダヲでなければ演じられない、あるいは阿部サダヲというキャラクターそのものではないかという人物像がそこにはある。おそらく宮藤官九郎は阿部サダヲをあて書きしてこの脚本を書いたのだろう。大人計画、そしてグループ魂で気心の知れた阿部サダヲのキャラクターを利用して脚本を組み立てていったのだろうと想像する。
その結果できあがった脚本は阿部サダヲのキャラクター同様、決してわかりやすくはない。一つ一つのエピソードは既視感があるようなものだが、それを展開して行くやり方は決してわかりやすくない。それにかかわる人物それぞれの感情は容易には分析しがたく、しかし筋が通っているという見事なものだ。
祐太が日々抱えるストレス、弟に固執するその執着心、徹子に対する感情、それらが絡み合って祐太という人間が出来上がる。同じように祐介にも、徹子にも複雑な背景がある。その人生が交差し、どこかで分かり合いたいと思うとき、その関係がわかりやすいことなんてありえない。
物語というのは基本的には複雑なものを単純化するところに生まれる。起承転結という単純な形に還元することでわかりやすく、受け容れられやすくなるわけだ。しかしこの映画の面白さというのはそのようなわかりやすさを拒絶して、ぶつ切りの小さな物語を重ね合わせているところにあると思う。それら小さな物語はいかようにも組み合わせることが可能で、見ている人それぞれが物語を紡いでいける。言うなればたくさんの入り口とたくさんの出口を持つ映画であるわけだ。
なんてことを書いてみたのは、この作品の笑いの奥にあるわかりにくさの魅力に私が取り付かれてしまったからだ。そしてやはりそれを演じる役者のよさというのも大きい。阿部サダヲは前述の通りだし、竹内結子がとてもよかった。上手だし女優魂も感じるし、何より魅力的だ。魅力的というのは美人だというのももちろんだが、はじけ方とか崩れ方とかそういった部分も含めての話。
などなどというわけで大変面白い映画な訳だが、最後に「笑える」ということも描かなければならない。宮藤官九郎作品といえばナンセンスなギャグ、爆笑することはあまりないけれどついつい笑ってしまう。予告編にもあったと思うがサングラスをかけた瑛太に対していしだあゆみが「お昼休みはウキウキウォッチン!」とうたい出して、それに阿部サダヲが突っ込む。
おかしさと面白さと不思議さとそんなものが詰まった人情ドラマの傑作かもしれないような感じとでも言うとこうかね。

(C) 2009「なくもんか」製作委員会
