ベンジャミン・バトン 数奇な人生
2009/11/4
The Curious Case of Benjamin Button
2008年,アメリカ,167分
- 監督
- デヴィッド・フィンチャー
- 原作
- F・スコット・フィッツジェラルド
- 原案
- エリック・ロス
- ロビン・スィコード
- 脚本
- エリック・ロス
- 撮影
- クラウディオ・ミランダ
- 音楽
- アレクサンドラ・デスプラ
- 出演
- ブラッド・ピット
- ケイト・ブランシェット
- ティルダ・スウィンソン
- ジェイソン・フレミング
- エル・ファニング
- ジャレッド・ハリス
1918年、ニューオリンズ、わが子の誕生の報を聞き、駆けつけた父親は妻のしという現実を突きつけられる。さらに、赤ん坊を見てショックを受けた彼は赤ん坊を養老院の前に置き去りにする。その赤ん坊を拾ったクイニーは老人の姿をした赤ん坊をベンジャミンと名づけ大切に育て始める…
フィッツジェラルドが1920年に著した短編をデヴィッド・フィンチャーが映画化。
老人の姿で生まれ、段々若返ってゆく。外見ではそうだけれど中身は普通に成長していく人間と同じ、そんな複雑な人生を送ることになったベンジャミン・バトン。彼が養老院に捨てられたというのは意図されたことなのか、偶然による僥倖なのかはわからないが、とにかくそのことが彼には大きな幸運だった。老人の中で老人の姿で育つ、老人たちには偏見もなく、ベンジャミンをむしろ普通に子供として接してくれる。
そして運命の女性デイジーともそこで出会う。同年代ながら、出会ったとき、自分は老人で相手は子供、それでも2人は運命を感じ、2人の人生は年齢と同じように交差する。
そんな発想だけに支えられたと言ってもいい物語だが、そこには人を引き込む力がある。それは、この物語が一貫して時間について言外に語り、瞬間の大切さを語り続けるからだ。
ベンジャミンとデイジーの年齢が一致する短い期間、その貴重さは人生そのものの貴重さを語る。しかしただそれだけではない。この物語は同時にそのように「つりあった」人でなければ行きにくいという世の中への疑問をも投げかけているように思える。
ベンジャミンを筆頭にして、ここに登場する人の多くは虐げられたり、忘れられたりした人々だ。老人、黒人、ピグミー、船乗りもそうだ。疎外感を抱えた人々がベンジャミンの人生を次々と通り過ぎてゆく。ベンジャミンは彼らから受け取ったものを背負い、一瞬の輝きを放つ。
結末のつけ方も見事としか言いようがない。老人として生まれた赤ん坊が、赤ん坊として老いて死ぬ。そのことを描くのにこれ以上のやり方があっただろうか? そして人生というものを語る上でこれ以上の表現があっただろうか? これを無理やりハッピーエンドにしたり、物語をずらしてごまかして終わらせてしまわないその姿勢が素晴らしい。
映像表現としては、最後の赤ん坊になっていく部分の表現がちょっとどうかと思った。ベンジャミンは生まれたときはしわくちゃの赤ん坊である。ということは、年老いたとき体の大きさとしては老人のままで外見だけが赤ん坊に近づいていかないといけないはずだが、実際はただの赤ん坊になってゆく、これだけCGを多用したのだから、その部分ももっと工夫を凝らした表現が欲しかった(まあ、どうなればいいのかは想像もつかないが)。
が、全体的にはCGは効果的に使われていてよかったように思う。ブラッド・ピットが老人メイクから若返っていく姿もそれほど違和感は感じない。背景や編集を使ってCGを目立たなく、映像に溶け込むようにする工夫が随所に見られるのがいい。
「面白い!」とか「すごい!」というよりは「うまいなぁ」とうなりたくなるような、デヴィッド・フィンチャーの職人芸映画であると思う。
