チェンジリング
2009/10/5
Changeling
2008年,アメリカ,142分
- 監督
- クリント・イーストウッド
- 脚本
- クリント・イーストウッド
- 撮影
- トム・スターン
- 音楽
- クリント・イーストウッド
- 出演
- アンジェリーナ・ジョリー
- ジョン・マルコヴィッチ
- ジェフリー・ドノヴァン
- コルム・フィオール
1928年ロサンゼルス、電話会社に勤めるシングルマザーのクリスティン・コリンズはある土曜日、休日を返上して出勤することに。その夕方、家に帰ってみると息子のウォルターが姿を消していた。5ヵ月後、警察が発見したウォルターはまったくの別人だったが、警察はその少年をウォルターだとして強引に事件に幕を下ろす。
実際に起きた事件の映画化。当時の警察の腐敗、社会状況を綿密に描き、ヒューマンドラマとして結実させた秀作。
アンジェリーナ・ジョリーはうまい。電話会社で働くキャリアウーマンのシングルマザーである主人公クリスティンが息子と過ごすその瞬間の表情、ほんの数分のプロローグだけで彼女の息子に対する愛情の大きさを見事に表現する。だからこそ、失踪の5ヵ月後に息子が見つかったと聞いたときの喜び、その息子がまったくの別人だったときの当惑、警察にごり押しされたときの怒り、それらの感情が画面からどっとあふれてくるように感じられる。
自らの保身のためにクリスティンを犠牲にしようとする警察、その行動の一つ一つが本当にいらだたしく、見ている側もクリスティンの怒りを共有できる。怒りを共有しながら、その怒りも向ける先に常に袋小路が待っているという無力感は圧倒的。見ながらついついこぶしを握り締めてしまうような感覚だ。この作品は80年前を舞台にしていながら、それだけ現在でもリアリティを感じることができる作品だということであり、やはりイーストウッドという映画監督の力量は只者ではないということだ。もちろんアンジェリーナ・ジョリーもすごいわけだが、警察の中心であるジョーンズ警部とクリスティンが対峙するときの展開のスピードやそれぞれの表情をとらえるサイズ(距離感)が絶妙で、その演出の巧みさに舌を巻く。
ただ、イーストウッドの映画を見ていつも思うのは前半部分の展開が冗長だということだ。結果、彼の映画は大体の場合120分を越える。それでもいい映画が出来るし、ヒットもするのだからいいのかもしれないが、私は前半部分をもっと圧縮して120分以内に収めたほうがラストでより強いカタルシスを感じることができると思える。
もしかしたらこの冗長さはそのような強いカタルシスを包含することで映画全体がスペクタクル化することを避ける狙いがあるのかもしれない。120分を越える長さというのも、90分から120分という尺を映画に求める現在の映画産業に対するささやかな抵抗なのかもしれない。
この映画の結末のつけ方は非常に巧みだ。実際の事件のままといえばそうなのだろうけれど、単純なハッピーエンドでもバッドエンドでもなく、昔起こった事件で警察をバッシングするといういまさらな社会派映画でもない。社会的な事件を取り上げながら最終的に親子の愛、人間観の信頼という部分に話を持っていくストーリーテリングが非常に巧みだ。
イーストウッドの映画は常にエンターテインメントではあるが、必ずしもスペクタクルではない。エンターテインメントとスペクタクルの間を器用に漂い続ける巨匠、大スペクタクルの中のスターとして映画界ブレイクした彼がそんな風に地位を確立したというのは面白いところだ。
好みは分かれるのだろうが、紋切り型のハリウッド・スペクタクル映画とは違う味わいがあるイーストウッドの映画はやはり現在のハリウッドの大きな財産だ。
