Crazy Love
2009/9/25
Crazy Love
2007年,アメリカ,92分
- 監督
- ダン・クローレス
- 脚本
- ダン・クローレス
- 撮影
- ウォルフガング・ヘルド
- 音楽
- ダグラス・J・クオモ
- 出演
- バート・プガチ
- リンダ・プガチ
50年前、弁護士のバート・プガチは街で見かけたリンダに一目惚れ、羽振りのよかった彼はあの手この手でリンダに迫り、リンダもまんざらではなかったが、バートに妻子がいることが判明しリンダはバートを袖に。それでもあきらめきれないバートはさらに過激な手段でリンダに迫るようになる。
バートとリンダの異常な愛の行方を語るドキュメンタリー。ストーカーにパラノイアとかなりの異常さ。
自分に妻子がいるにもかかわらず、(妻が許しているとはいえ)離婚証明書を偽装してまで相手をつなぎとめようとするバートはリンダが別の男と婚約したと知ると、さらなる過激な手段にでるようになる。これはまさにストーカー、まだそんな言葉のない時代だが、どうこからどう見ても立派なストーカーだ。
そして、このバートの異常さはストーカーであることにとどまらない。そのような自分に疑問を抱かず、そのまま過ごしてしまっているところがさらにすごい。老人となった二人が互いのことを話していることからもわかるように、二人は結局一緒になる。それが腐れ縁なのか、互いを望んだのかは映画を結末まで見てのお楽しみということだが、バートがどんなストーカー行為を働いても結局二人の縁は切れなかったのだ。
はっきり言ってこのバートという男は最低の人間だ。頭がいいというが、結局自分の利益のみを考えた人のことはまったく考えない。これは社会にまったく適合できないある種の精神障害だ。そんな彼がリンダだけには固執し、崇拝なのか何なのかわからないが彼女を愛し、彼女のために尽くす(その中には自分と一緒になることが彼女のためだという確信も含まれる)ことについては利己主義を一時的に棚上げにする。その異常さは凄まじい。終盤には愛人騒動が持ち上がるが、相手を殴ったり拘束するのは愛情の表れだと言い放つ。この異常さはどうか。
そしてリンダも決して一般的な感受性をもっているとは言いがたい。狂人だとかパラノイアだとまでは言わないが、どこかずれている。そのずれの中で欲深さというか利己的な部分はバートと共通する。彼女は若い頃からもてて、男からいろいろなものを差し出されるのが当然だと考えている節がある。
この映画のすごいところは彼らの異常さを少しずつ明らかにしていくということだ。最初はまともな人間のようなのだが、彼らの歴史が明らかになるにつれ、彼らがいかにかわっているかがどんどんわかっていく。それは一つ一つの曲面でもそうだ。リンダが婚約したことを知ったバートは待ち伏せして婚約者を殺そうと考える。しかし「人を撃つことは出来なかった」と語り、そこまではおかしくないなと思わせるのだが、それにつづくのはその代わりに人を雇うというエピソードだ。どうしてそうなるのか?常人にはまったく理解できないその発想にどんどんやられていく。
見終わってなんだかすごく疲れた。彼らのことはひとつも理解できない。想像してみても限界がある。こんな人たちが生まれる土壌や彼らが受け容れられてしまう現実、それを赦し逆にもてはやすマスコミなどいろいろと問題はありそうなのだが、そんなことに頭が回らないほど打ちのめされる。
どうにも理解できないものに出会う、そういう体験という意味では面白い映画だ。でももういい。
