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この作品は物語の焦点があるようでないのだが、焦点がない物語であるにもかかわらず、語り口によって見せるのはなかなかうまいところだ。この物語の焦点は題名どおり“ジェシー・ジェームズの暗殺”にある。無敵の英雄ジェシー・ジェームズがなぜ“卑怯者”のロバート・フォードなどに殺されたのか。その顛末が丁寧に描かれている。
ジェシー・ジェームズが殺されるという結論ありきで、しかもそれ以外にプロットはまったくないにもかかわらず、この160分という長い作品をまとめあげたというのは凄い。その最大の要因はこの殺人に至るまでにジェシー・ジェームズとロバート・フォードというふたりの人物像を少しずつ組み立てていった点にある。しかもそれをあくまでも外側から、彼らの行動のみから推察させる。彼らの相手を探るような表情の裏にある真意、それが謎となって物語を牽引していく。
ジェシーを敬愛していたボブが暗殺を決意するに至る過程、誰にも隙を見せることのなかったジェシーがボブに殺されることになった過程、それをたどっていくところにサスペンスがある。
ただ“長い”という印象は否めない。それは、この物語の推移が非常に遅く、時間の流れがゆっくりに感じられるからだ。もちろん、微妙な心理を読み取らせるためには時間が必要で、この作品はその時間をしっかりと取ったということだけれど、その時間を興味を失わずに過ごせる人が果たしてどれくらいいるかということだ。
おそらく、こういう作品は特に男性が好きな作品だろう。二人のそれぞれの心理にひきつけられればこの160分という時間は長いけれど充実した時間になる。しかし、多くの人にとってはこのふたりの物語というのは160分もの時間を持たせるだけの魅力を持っていないのではないかと私は危惧する。特にブラッド・ピットやケイシー・アフレックを実に来た女性にとっては苦痛にも近い160分だったのではないか。
まあ、リドリー・スコットが一枚噛んでいる時点で決して女性向けの作品ではないということはわかるのだが、それにしても… という感じだ。
私としては、ロジャー・ディーキンスの映像がさえていたし、暗殺後の展開に面白みがあったから、長いとは感じたが辟易するほどではなかった。
ロジャー・ディーキンスは『ショーシャンクの空に』などなど、もはや説明する必要がないほどの名手だが、この作品では画面の周辺をぼかすことで主観ショットを表現したり、古いガラスを通すことで映像を揺らがせたりと映像に変化をつけることで作品の世界観をうまく強化している。
最近では『ノー・カントリー』や『バーバー』が印象的だったが、どこかに多様な印象があることも確かで、撮影監督の影響というのは意識されないところで強くあるのだと言う気がする。“名手”と書いたがまだ50代、今回を含めアカデミー賞に6度ノミネートされながら1度も受賞していない。まあアカデミー賞がすべてではないけれど、そろそろ受賞して名実ともに巨匠の仲間入りをするころではないかと思う。
それらも含めて総合的にはなかなかの作品だと思うが、内容も長さも気楽に見られる作品ではない上に、それほど考えさせられる作品でもないというところがちょっと中途半端に感じられはした。
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