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かあちゃん

2008/7/10
2001年,日本,96分

 
          ★★★.5-  
     
 
 天保時代の江戸、貧乏長屋に暮らすおかつと子供たちは金を貯めこんでいる吝嗇と近所に言われていた。その家に若い泥棒の勇吉が盗みに入る。おかつはその勇吉にお金をためている理由を話す。それは長男の市太の友人の源さんが牢から出てきたときのための支度金だという…
  山本周五郎の同名小説を和田夏十が生前シナリオ化してあったものを没後18年を経て映画化した作品。
監督 市川崑
原作 山本周五郎
脚本 和田夏十
    竹山洋
撮影 五十畑幸勇
音楽 宇崎竜童

出演 岸恵子
     原田龍二
     うじきつよし
     勝野雅奈恵
     中村梅雀
     山崎裕太
     石倉三郎
     宇崎竜童

 

 

 

 

 

 映画の始まりは間抜けな泥棒が何もない家に入ってしまい、泥棒に入られた家のほうは盗まれてもいないものを盗まれたと言うという話で、落語の「花色木綿」という噺を使っている。そして、この作品全体もどこか落語の人情話のようで、まあ大体江戸の貧乏長屋を舞台にしたら、そこから生まれるのは笑い話か人情話かさもなきゃ怪談と相場は決まっているわけだが。
  で、話のほうはというと細腕一本で5人の子供を育てるおかつがさらに泥棒に入ってきた勇吉を家に招きいれ、長男の友達というだけで親戚でもなんでもない源さんという男のために家族総出で3年間も働きづめという、人情を越えて恐ろしいぐらいのお人よしの一家の物語。
  いまの世の中いったい人情なんてもんがあるのかないのかわかりはしないが、こういう風な思いやりには相手も答えてくれると信じたいものだ。さすがにこのおかつは度が過ぎていて、いったいどうしてこんななのかといいたくなるが、亭主の位牌を丁重に扱っているところを見ると、そのあたりに何かあるのではないかと思える。
  このシナリオのいいところは、そんなべったべたの人情噺であるにもかかわらず、湿っぽい話にはしないというところだ。人情人情で引っ張る感動話というのは“ハンケチもの”なんていわれるように登場人物たちも涙涙で、見ている人も涙涙なんていう湿気むんむんの話になりがちだが、この話の登場人物たちは江戸っ子らしく他人様に涙を見せるなんざぁ恥だという気概をもっているのでそれほど涙は登場しない。逆にこの家族はあくまでも明るく朗らかで、笑い声が響き、脇役も笑いを提供するためにそろえられている。
  そんな風にベタな感動ものになっていないぶん、どこか覚めたところも感じられる。勇吉を家族同然といいながら、そんなに親しげにするわけではない。しかし家族というのはそういうもので、アメリカ人じゃあるまいし年中抱き合ったりはしないもんだ。この作品はそのあたりのバランスをうまくとって江戸の人情をさらりと描いているように思う。

 結局この話を一言で言えば「情けは人のためならず」ということだ。自分を犠牲にしてでも他人に情けをかけようというおかつは本当に仏様かというような人物だが、その情けというのはやはりめぐりめぐって帰ってくるものだ。この作品はそれを勇吉というひとりの人物を通して描いて見せた。
  情けは「かけてやるもの」ではない。相手のことを思えば自然とにじみ出るものだ。現代では忘れがちなんていってしまうとまた陳腐な嘘っぽい言葉になってしまうが、この作品はそれを言葉ではなく映画というかたちで表現することで、私たちの心を暖かくしてくれる。
  少々嘘っぽくたっていい。「ああいいなぁ、こういう人の暖かさってのは」と思えるいい作品、やはり市川崑の亡き妻への思いもそこには込められているのだろうか。