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ゴッド・イン・ニューヨーク

★★★★-

2008/6/17
God has a Rap Sheet
  2003年,アメリカ,118分

監督
カメル・アメッド
脚本
カメル・アメッド
撮影
トム・ニエッロ
音楽
カメル・アメッド
出演
ジョン・フォード・ヌーナン
ボンズ・マーロン
ウィリアム・スミス
ピーター・アベル
preview
 ニューヨークのとある拘置所、太った初老の男が入っている監房に8人の男達が入ってくる。黒人、白人、ユダヤ人、ムスリム、アジア人などニューヨークを象徴するかのように多様な彼らは最初は無視しあうが徐々にいがみあるようになる。そんな中、太った男がいきなり自分は神だと名乗る…
  コメディグループ“ジャーキー・ボーイズ”の一員だったカメル・アメッドの初監督作品。密室劇で見事にニューヨークという街を描いた快作。
review

 「お前なんか怖くない」という奴に限って相手のことを怖がっている。怖がっていないと言葉に出すことで自分を奮い立たせ恐怖心を後景へと押しやろうとするわけだ。
  この作品にはたびたびこの「お前なんか怖くない」という言葉が飛び出す。拘置所という密室に押し込められた9人の男、ホームレスらしい初老の男、黒人とプエルトリカンのふたり組、刺青だらけの白人男、イタリア系のマッチョ、黒い服に身を包んだユダヤ人、アジア人とイギリス人のふたり組、アラブ系のタクシー運転手。彼らの間にはあまりの多くの隔たりや壁がある。ニューヨークは“人種の坩堝”とよく言うけれど、実はニューヨークと言うのはたくさんの人種が混在するだけで、決して交じり合ってはいない。隣に住んでいたとしても人種や民族や宗教が違えばそれは他者であり、決して分かり合うことの出来ない別世界の住人なのだ。その常に他者に囲まれた生活が彼らの恐怖心を育み、その恐怖心は攻撃性へと変化する。
  この映画の舞台となる拘置所はまさにニューヨークの縮図である。狭い空間に押し込められた他者たち、彼らは自分の縄張りを確保するためにまず手近な敵を攻撃する。そして彼らの区別は主に人種と宗教から生じているがために、その攻撃は常に差別の問題につながる。白人と黒人、ユダヤとムスリム、ムスリムと黒人… そして差別への意識は他者との間の壁を厚くしてゆき、理解への道のりはさらに遠ざかる。
  彼らはとにかく言い争い、一触即発の空気になる。しかし彼らの言っていることの一つ一つは間違っていない。誰もが自分を正当化するための事実を知っていてそれを使う。しかし、誰もが自分の正当性をめいっぱい主張してしまったら、それは誰の主張がより正しいかと言う順位争いになり、それは水掛け論に堕してしまう。その結果彼らの誰もが不満を抱えたまま黙り込み、状況は元に戻ってしまう。

 ただ、ニューヨークの縮図たる拘置所で男達が言い争っているだけならば、ただただそれが繰り返されるだけなわけだが、ここでは“神”と名乗る老人がいて、彼らに金言を与える。見た目はホームレスでものすごい臭いのだが(笑)、その言葉には誰もが認める理知がある。彼が神だとはもちろん誰も信じないのだが、その老人の言葉は彼らの急所を突く。誰もが自分のことは棚に上げながら、他者を非難するばかりの言い争い、それはまったく不毛であり、ほんの少しでも相手のことを理解しようとすれば生じない無駄な争いなのだ。彼らはこの“神”の言葉によってそのことに気づく(しかしまたすぐに忘れてしまう)。
  彼らがすぐに忘れてしまうのは、相手のことを理解しようとすればいいということにみな気づいてはいるのだけれど、そのように譲歩することによって相手につけ込まれるのではないかという根強い恐怖感に起因する。誰かがその一歩を踏み出せば、和解は意外と近くにあるのだとそんなメッセージをこの物語は放つ。
  この物語にそれ以上の解釈は必要ない。“神”はいたのかいないのか、“神”はいったい誰だったのか、それは謎として物語の鍵になってはいたけれど、その答えは必要ない。それが謎のまま終わること自体がこの作品にとってのひとつの答えなのだ。神がいようといまいと、神を信じようと信じまいと、世の中をコントロールするのは人間なのだ。

 こう書くと、難しい内容の映画のように感じるけれど、実際は他愛もない会話からなる物語であり、哲学的であるよりは日常的な作品だ。この作品はすべてにおいて今のアメリカ(あるいはニューヨーク)をリアルに描いた描写であると思う。複雑な社会を人種や宗教といった特定の問題に一面化するのではなく、複雑なものを複雑なまま描くことで、さまざまな問題に通呈する根っこのようなものを掘り出すのだ。
  ただ、女性は登場しないので、その点では片手落ちかも知れない。しかし、ここに更に女性を登場させたら、問題の複雑さは2倍ではなく2乗になって、映画はおそらく8時間くらいになり、誰も理解できなくなってしまうだろう。だからこれでよかったのだろうが、別の作品でまた女性の場合についても描いて欲しいと思う。

Database参照
作品名順: 
監督順: 
国別・年順: アメリカ2001年以降

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