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最初は、ストリートミュージシャンがジャンキーらしい男にギターケースを奪われて追いかけっこをし、夜には"Big Issue"を売る女に声をかけられる。男は最初は外国語なまりのその女のなれなれしさに辟易する。男の曲は10年も前に振られた女のことを歌っていて、今も彼女が忘れられない。男は女に惹かれていき、女は楽器店で男にピアノを弾かせる。
ここでいきなりセッションが始まるのだが、これがいい。口移しで教わった曲をいきなりこんなに弾けるわけはないという思いがよぎるが、ギターとピアノと二人の声がすごくいい調和で、曲にも力を感じる。映画を見てたびたび感じる“音楽の力”をここでも強く感じられた。ふたりともやけに歌がうまいと思ったら、それもそのはずふたりとも正真正銘のアーティスト、歌を作り、歌を歌っているのだ。作品の半分近くを歌のシーンが占めるのにまったく飽きることがないのはやはり彼らの音楽に力があるからだろう。
そして、そこまで音楽を詰め込んでおきながらミュージックビデオのようにならないというのもこの映画のいい点だ。物語自体は偶然であった男女の関係を描いたという感じで、ふたりの関係はつかず離れず、お互い惹かれてはいるけれど踏ん切りは付かない関係。よくあるといえばよくある話だけれど、その微妙な距離感がとてもうまく描かれている。そして、チェコの移民である女のダブリンという街における違和感をうまく使ってくすりと笑わせ、親しみやすい雰囲気を作ってもいる。掃除機を引きずって街中を歩いてみたり、牛だかパンダだかのスリッパで街を歩いてみたり、そのずれた感じも彼女の魅力になっているのだ。
こういう日常的な場面を描いた作品というのは、うまい作品は本当にいい。リアリティというとありきたりになってしまうのだけれど、すぐそこにあって手で触れられそうな感覚とでもいうか、なんでもないことなんだけれど、見ているとなんだか頬が緩んでしまうようなそんな感覚を呼び覚ます。それは街を歩いていて偶然見かけた場面につい顔を綻ばせてしまうような感覚に似ているかもしれない。エンターテインメントの映画というのはそういう細かい感覚は捨ててカタルシスを求める傾向にあるけれど、そういう大きな物語よりも日常に近い小さな物語のほうが、今はリアリティがあって面白い。この作品が選択したドキュメンタリータッチという手法も、そんな“小ささ”を演出するのに有効な方法のひとつだ。
物語のほうもさもありなんというドラマではなく、「こういうもんだよな」と思わせる控えめな展開で、人間ってのは冒険しても日常から一歩踏み出す程度で、自分の生活や過去を全部振り切ってしまうなんてことはなかなか出来ない。そんな人生の中で幸せを見つけることこそが大事なんだなぁなどとしみじみと思う。この物語はハッピーエンドなんだかハッピーエンドでないのかわからないものだけれど、それでいいのだ。曖昧な物語、曖昧な終わり方だけれど、なんとなく幸せな気分になる。
登場する曲の歌詞が物語上でも大きな意味を持ってくるというのはうまいやり方であると同時に、歌詞を理解しなければならないという難しさにも通じているということもある。字幕で見るぶんには文字で読めるからいいけれど、英語でそのまま見ている人たちはその意味を十分に理解できるのだろうか。たとえば日本映画の中に出てきた日本語の歌の歌詞なんてあまりしっかり聞いていないような気がするが…
しかし、音楽がいいから、映画の中では全部を聞くことが出来なかった曲なんかも聴いてみたいと思った。1度映画を見て「はい終り」ではなくて、もう一度見てみたかったり、他の作品が気になったり、サントラを聞いてみたくなったり、そんな気分になる映画は幸せだ。
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