| クレイジーキャッツの映画だから、植木等がC調無責任男を演じるだろうと思ってみると、画面は白黒だし植木等演じる男は無気力だしで、ちょっと様子が違う。しかし、タイトルクレジットの名前がカラーだったところを見るとどこかでカラーになって転調するんだろうと予想するとそのとおり、植木等は“ハッスルコーラ”なる新製品を飲んではじめるように元気になる。
しかしこの作品これからがまた違う。植木等はC調男になるのかと思ったら、そのハッスルコーラを売るために猛烈に働くのだ。調子のよさは自分が楽するために発揮されるのではなく、ただただハッスルコーラを売るために発揮される。そして、無責任なのは植木等ではなく、彼らに責任を押し付けようとした会社の重役達という構図になるのである。
クレイジーキャッツ出演の東宝作品で「無責任」と名のつく作品としては3作目に当たるこの作品、植木等というと無責任男のイメージが強いが、実は無責任シリーズはこの後は時代劇のみでシリーズの重点は“クレージー”シリーズと“日本一”シリーズに移されていく。その“クレージー”シリーズは文字通りクレージー・キャッツみんな(というか植木等とハナ肇と谷啓)が主役になるが、“日本一”シリーズは植木等が主役のシリーズとなる。そして、この“日本一”シリーズで植木等は無責任に見えながら、最後には大きなことを成し遂げる男を演じることになる。一方“クレージー”シリーズのほうはドタバタあり歌ありのコント的な作品が多くなる。
この作品は“クレージー”シリーズであり、同時に“無責任”シリーズであり、さらに“日本一”シリーズを思わせる雰囲気も持っているという意味で植木等とクレージーキャッツの映画にある種の方向性が見えた作品といえるのかもしれない。クレージーキャッツは60年代に複数のシリーズを平行して送り出したわけだが、この作品はそれらのシリーズの分水嶺と言えるのかもしれない。
まあ、そんなマニア向けな解説はともかく、この作品はクレージーの他の作品と同様に明るく楽しく勢いがあって、見ているだけでなんとなく元気が出る作品であることはもちろんだが、その上、非常にポジティブな作品でもある。C調男が出世するという物語よりは、この作品のように何か目標に向かって猪突猛進する物語のほうがやはり共感しやすい。
“モーレツ”すぎるのも考え物だが、やはり無責任よりはその方が受け入れられやすい。植木等はただ飄々とした男ではなく、飄々としていながら正義というか倫理を守る男を演じたことで、庶民の星となったのではないか。植木等はこれ以後、苦境からC調という武器を使ってのし上がっていくキャラクターを演じるようになる。それが彼が大衆に受け入れられた最大の理由だろう。
|