| この映画でなんといってもいいのは歌だ。ソンファを演じるオ・ジョンへの歌声がすばらしい。オ・ジョンへは女優だが、子供のころからパンソリを学び、大学でも韓国音楽科に進み、日本でいうところの人間国宝にも師事したパンソリ歌手でもある。そのオ・ジョンへの歌声の力感や揺らぎ、声が出なくて悩んでいるときのその質感の変化それらが本当にすばらしい。
物語としては非常にオーソドックスなもので、伝統芸能が現代社会でぶつかる障害を描き、滅び行く伝統芸能の担い手の苦悩を描く。この物語はそれを血のつながっていない3人の家族を中心に描くことで、血のつながった家族の間で世襲的に継承される場合の困難とは異なる部分も描いている。ソンファとトンホの間には兄弟愛を越えた男女間の愛情の芽生えも見えるが、それには触れずに、純粋に芸能を通した家族のつながりを描いたことで焦点が定まり、いっそう“歌”が前面に出ることになっている。
韓国でのパンソリの現状がいかなるものかはわからないが、日本の浪曲などという印象なのだろうか。一部の年寄りには好まれるが、若い人はほとんど聞いたことのないような。それでもたとえば津軽三味線が若い人の間でもブレイクしたりというように、伝統芸能が再び脚光を浴びることはある。この映画で聞く限り、パンソリというのはすごく独特で力強いものだ。映画の中で「日帝時代には演歌が流行った」というせりふがあったが、その演歌に通じるところがあるようで、まったく違う声質と節回しがとてもいいと思う。しかし、今の社会では日常的に聞くというよりは鑑賞するものという感じがする。中には京劇のように演じられるパンソリもあったりするので、たとえば狂言のような存在にもなりうるのかもしれない。
まあ、よくわからないことをとやかく言っても仕方がないので、映画に戻るが、この映画はまさにそのパンソリのための映画なのだと思う。よく知らなくてもこれを聞けば、その力強さと魅力はわかるのだし、そこから興味を覚える人はいるはずだ。
そして、この作品の続編である『千羽鶴』という作品がイム・クォンテク監督の100本目の作品として公開されたらしい。トンホ役はチョ・ジェヒョンへと変わったがソンファはオ・ジョンへが再び演じる。最後にソンファの娘らしき女の子がソンファを引いていたことを考えると、ソンファと娘の物語となるのだろうか。
なんにしても、オ・ジョンへは再びすばらしい歌声を聞かせ、パンソリのすばらしさを韓国と、そして世界へと伝えるのだろう。
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