| オダギリジョーが蟲師ギンコとして登場し、最初の“うん”に付かれた人たちを治癒し、そのまま“あ”に取り付かれたらしいまほの治療に当たるあたりまではオリジナリティがあって面白い展開だ。そしてそこにぬいに拾われたギンコがいかに蟲師になったのかという過去が挿入されていくらしい展開にも興味をそそられる。
そして、現在のほうはまほの治療を終え、虹郎に出会ってもまだ面白さは続く。しかし、過去のエピソードのほうは“トコヤミ”と“ギンコ”という話が出てくるあたりからどんどんわけがわからなくなる。“蟲”の話なのはわかるが、結局のところこのトコヤミとギンコというのがなんなのかはちっともわからない。なぜヨキが池に惹かれるのか、そしてぬいがどうして最終的に池に入っていかなければならないのか、そのあたりがちっともわからない。
まあ、あまり関係なかろうと思って現在の話のほうに集中していると、そこに過去とのつながりが入り込んできて、さらに話はややこしくなり、まったく何のことやらわからなくなってくる。おそらく原作はもっと細かくじっくりと描くことで蟲とトコヤミやらなにやらについての理解も深まるように出来ているのだろうけれど、この2時間あまりの映画ではそれはまったく出来ておらず、観客は物語においていかれるばかりだ。
しかも、映像は凝っているにもかかわらず映像的な工夫のなさがこの映画をよりわかりにくくしている。それは、今映っているものが蟲師だけに見えるものなのか、普通の人にも見えるものなのかが簡単には判別できないということだ。にょろにょろとは出でる蟲は見えなくて、その素のようなものは見える。トコヤミは見えなくても壁や床を這い回る文字は見える。一応透明っぽいものは蟲師にしか見えないのかなぁという感じはするが、映画を見ている段階では今ひとつ判然としない。そのために、蟲師がどのような存在なのかということもわかりにくくなっているし、彼らの世界と人間の世界の境界もまったくわからなくなってしまっている。
オダギリジョーに大森南朋に蒼井優、実力を兼ね備え、今が旬の俳優たちを使っても補いきれない作品上の欠陥がここにはある気がする。おそらく原作は面白いのだろう。役者もいいのだろう。しかし、脚本と映像化がまずい。アニメでは数々の名作をものした大友克洋だが、実写となると勝手が違うのか、失敗に終わったようだ。
この作品は実は大友克洋初の実写作品ではなく、1991年に『ワールド・アパートメント・ホラー』という作品を一本撮っている。マニアの間ではそれなりに評価が高いということだが、記憶にも記録にも残っていない作品となっている。
やっぱり大友克洋はSFアニメを撮っているのがいいのだろうね。
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