| カルメンとその家族、そしてその主治医であるアレハンドロ、彼らの抱える過去が謎として提示され、その過去を共有していないアナの目を通してその過去が徐々に解きほぐされていく。その解きほぐす作業は適度な緊張感を保ち、目を見張らせる展開力を持っている。
そして、それと並行するようにカルメンと若いモデル/男娼のグスタボとの関係が展開されていく。そして、この展開もカルメンの過去に左右され、その“謎”がますます注目されるようになる。
しかし、それが明らかになってくるにつれ、この物語はどんどん説得力を失っていく。その秘密の核はカルメンとその家族が軍政時代に政治犯として捕らえられていたということなのだが、それが明らかになってみると、それほどかたくなに隠さなければいけないことなのかという疑問も沸く。大変なことには違いないし、それによって人生が狂わされたことも間違いないのだろう。しかし、彼女たちは今も裕福な暮らしをしているし、それは文字通り過ぎ去った過去でしかないのではないか。物語の展開上、隠され方があまりに大げさなので、もっと大きな秘密があるのではないかとついつい勘ぐってしまい、ふたを開けてみると「何だその程度か」ということになってしまったという感じだ。
妹のアナはなかなかいい味を出しているのだが、なんだか拍子抜けな終わり方で残念だった。
映画の展開としては中盤からカルメンとグスタボの、というよりはグスタボを主人公とした物語が中心的なプロットとして浮かび上がってくる。だが、この物語は(ネタばれになるかもしれないが)オイディプス神話に捻りを加えただけのものであって、展開にも予想がつき、物語としての面白みは薄い。
ただ、ガエル・ガルシア・ベルナルは魅力を放ち、作品に力を与えている。この作品の面白さは、ガエル・ガルシア・ベルナルとセシリア・ロスという役者の力によるものがほとんどであり(アナ役のドロレス・フォンシも少し)、プロットや映像や音は作品の面白さにはほとんど寄与していない。
映像は落としたトーンで独特のセンスを感じさせはするが、それが効果的かといわれるとそうは言いがたく、音楽にいたってはなぜその場面でその音が出るのかと疑問に思うような場違いなサウンドが無理矢理に添加されているという印象だ。映画にとって音楽は重要なものだけれど、それはぴったりのタイミングで印象的な音楽が鳴ったり、逆になっていることすら気づかないようなさりげない音が観客の潜在意識に働きかけるという意味で重要なのだ。音楽がただ音楽として主張し、それが映像や物語と遊離しているようでは音楽の意味はないし、むしろ余計なものになってしまう。
この映画を見るべきは、ガエル・ガルシア・ベルナルのファンくらいというところだろうか。
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