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普通にこの作品を見ると、まあよく出来たB級SFという印象だ。映像はあまり複雑な技術を使わずにうまい効果を生み出しているように見えるし、出演者たちもなかなか渋い。しかし、映像のほうはよく見ると高度な技術を使ってわざわざ80年代くらいのSFの味を出そうとしているのだということもわかる。しかし、それでも昔風のSFの味は出ている。それは味であると同時に安っぽさにもつながるが、それが狙いだとしたらその部分ではうまく行っている。
このような昔風の味を使うのは、現在のCGを駆使した大迫力の映像では生み出せない空気を生み出したいからだろう。映像の迫力よりも、登場人物たちの心理に迫り、サイコサスペンス的は怖さを作り出す。それを狙ってこのようなつくりになったのだと思う。
そして、それもそこそこ成功している。主人公のニックとケイラについては魅力的な人物に仕上がっているし、悪役のトッドも秀逸だ。“9次元”という説明されているんだかされていないんだかわからないSF的こけおどしも功を奏している。
しかし、全体的に見るとどうもプロットがお粗末だ。当初は不気味な怖さを称えていたトッドが徐々に単なる殺人鬼へと変貌していくが、彼の狙いがいったい何なのかがまったく見えない。彼はただ目的なく人を殺す殺人鬼と化し、事態をどのように収拾すればよいのかがわからなくなっていく。もちろん、悪役が血も涙もない殺人鬼になり、強く強大になればそれだけその悪役を倒したときのカタルシスも増すわけだが、この作品の展開の仕方にはどうもしっくり来ないものがあった。
そんなことを思いながら、この作品の来歴を調べれば、監督と製作会社の対立、監督交代、そして最終的には未完成のまま「誰か」が作品として仕上げたという作品となっている。製作開始当初、ウォルター・ヒル(『エイリアン』などを製作)が参加し、大作としてスタートした時点ではどのような作品になるはずだったのだろうか?ハリウッドではこのように監督が製作会社と対立して作品が未完に終わったり、監督が交代したりというのはよくある話だが、この作品もまたそれによって作品が犠牲になった例だろう。
設定自体は面白いし、キャストもいい。予算も合って、映像の技術水準も(狙いはともかく)高い。これでちゃんとした演出と編集がなされていたら(つまりファイナルカットをウォルター・ヒルなりコッポラなりが握っていたら)なかなか面白作品になっただろうにと思うと残念だ。MGMも興業的な狙いから様々な要求をしたはずだろうに、その結果さらに悲惨な興行的失敗を招いたのだから悔やんでも悔やみきれないだろう。その損失分を補うためか廉価版のDVDキャンペーンのたびにこの作品がリストの片隅に入っているのもなんだか哀しい…
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