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まずサイレント/トーキーという関係で見ると、この作品はまさにその過渡期の作品であるといえる。映画としてはトーキーだが、全編に渡ってセリフによってプロットが展開して行くというわけではなく、ある場面はセリフがあり、ある場面は歌があり、ある場面はサイレント的なシーンというように、バラバラに構成されている。とくに、見せ場ともいえるコメディの部分はサイレントの作り方をそのまま踏襲してセリフがなくても笑えるスラップスティックが中心となっていて、実際セリフもほとんどない。
それに対して、トーキーであることが効果的なのは歌のシーンである。テーマ曲ともいえる「自由を我等に」という曲を歌うシーンは物語の展開の上でも重要だし、ルイとエミールの関係、そして登場する人々の心理を表現する上でも非常に重要なシーンとなっている。
ただ、地の台詞のシーンはあまり効果的とは思えない。もちろんサイレントの回りくどさはなくなり、その分作品全体がテンポアップするという利点はあるが、台詞のあるシーンはどうも説明くさく、セリフによらないサイレント的な表現によって表される部分のほうが豊かな表現力を持っているように見える。
つまりこれはトーキーという方法がまだまだ洗練されていなかったということだろう。そのために今見るとギクシャクしたところが感じられるのだ。
しかしこの作品は素晴らしい作品だ。刑務所での作業と工場でのベルトコンベアー上での作業を対比することで、大量生産社会の悲哀を描いて『モダン・タイムズ』に先駆けているし、ここに描かれたボヘミアン的自由は70年がたっても古臭さは感じさせない。そしてなんと言ってもこの映画は楽しい。特に歌のシーンは同じ頃作られたオペレッタ映画なんかよりよっぽどうまく歌を映画に使っているし、踊ってはいないのでミュージカルというわけではないけれど、歌の内容を見事に物語りに組み込んでいるのだ。
この映画の楽しさは映画がトーキーになることで何を得たかを明らかにするし、サイレントのコメディ部分の面白さはトーキーがサイレントから何を受け継いだのかを明確に見せる。
確かに古臭い映画ではあるけれど、映画の歴史を語る上では観ておかなければならない映画だし、しかも見ていて面白い。フランスの映画はメリエス以来あまり世界的には力をもてなかったけれど、この辺りからまたいい作品が次々と生まれるようになって行ったのだ。
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