| 屋敷の不気味な雰囲気と、妙に美しい子供たちの不気味な表情、それは「何とはないけれど怖い」という怖さを演出する。そしてそれを煽るかのように音楽が観客のドキドキ感を煽り、ぐっと映画に引き込まれていく。
この作品は『アザーズ』の元ネタともいわれる非常にオーソドックスなゴシック・ホラーである。何かおかしい屋敷、迫り来る見えない存在、具体的な(あるいは物理的な)恐怖は存在しないけれど、なぜか身がすくむような恐怖がそこにはある。
ただ、それだけといえばそれだけの映画である。映画の印象としてはサスペンスじみたものがあるので、この出来事の原因が明らかにすることでもっと展開があるのかと思わせるが、それはない。ただギデンズは子供たちを救おうとし、亡霊たちはそれを阻止しようとする。しかし、亡霊たちは一体何をしたかったのか、亡霊とは現生に何らかの思いを残していったものであるはずだから、何か目的があるのではないかというのは日本人の発想なのだろうか。『ポルターガイスト』などの名作といわれるホラー映画でも、そこにはあまり目的がない。ただ人間を脅かし、怖がらせるだけなのだ。
そのような怖がらせ方にはやはり限界があるし、解決するための方法を探る糸口がなければ、物語の展開に魅力がなくなる。この作品もなぜギデンスが「こうすれば解決できる」と考えたのかということが明らかにならないし、彼女のがそう思い込んだ理由というのもよくわからない。彼女が悪魔祓いの専門家ならともかく、ごく普通の家庭教師なのだから。
そのような展開力のなさが、欧米ではホラーが今ひとつメジャーにならない理由なのではないか。この作品の後70年代あたりには数多くのホラーが作られたが、それも十年余りがたつと、長いシリーズ物の続編が細々と作られていくだけになった。そして、それだからこそ日本のホラーがハリウッドに受け入れられるようになったのだとも思う。
日本の幽霊にはある種の法則が常にある。その法則を見つけ、その原因を探り、それを解決する。ただ退治するだけではなく、何かを「解く」というところに映画らしいおもしろさがあるのではないか。
だから、この作品も今ひとつ楽しめない。怖さの演出が見事であり、その演出の細部について細かく分析するというシネフィル的な楽しみ方はできるかもしれないし、それはそれで楽しい(特に自分が作るという人には勉強になる)のだろうが、ただ普通にホラー映画を見たいという場合には少し退屈ではないか。ただ、結末は意外なものでなかなかよかったとも思う。
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