| ソウル・バスまるぱくりのオープニング・タイトルと列車という舞台はどうもヒッチコックを意識させる。そんなサスペンスを予感しながら、見せる序盤はそれなりにおもしろい。思わせぶりはエピソード、思わせぶりな身振りや視線、複雑な人間関係によって、この6人がどのように互いをだまして行くのかについて様々な展開がありえるということが予感させられるからだ。
しかし、このオープニングから序盤の面白さはこの映画にとって大きなマイナスなのかもしれない。なぜなら、この映画はこの序盤のおもしろさをどんどんそぎ落として行くことで展開して行くからである。最初に非常にサスペンス的な部分を強調しておきながら、映画が展開して行くにつれてどんどんスリルが減じて行く。こんな映画を楽しく見ることが出来るだろうか?
それでも、彼らはサギ師だから最後の最後にはどんでん返しが用意されている。と思って見るのだが、その予想はことごとく裏切られる。ある意味ではどんでん返し。どんでん返しがあるだろうという予想を大きく覆すどんでん返しである。これはある意味では衝撃を受けるが、まったくおもしろくない。ハラハラしたり、展開を予想したり、無理からあーでもないこーでもないと考えた時間を返してくれといいたくなるような展開、それはあまりにひどいものだ。
なぜそうなってしまったのか、なぜこの物語は観客を置いてきぼりにしてしまったのか、それを考えて見ると、この物語が会話によって登場人物の心理を描く心理劇であるにもかかわらず、その会話がまったく効果的ではないということに理由があるのではないかと思う。会話劇というのは普通話されている言葉の裏に意味があり、それは会話をする組み合わせによって変わる会話の内容の齟齬から推察されるもののはずなのに、彼らは正直に同じことしか言わないのだ。彼らは詐欺師であるにもかかわらず正直者の集団に過ぎず、誰かを出し抜くなんて土台無理な話としか見えない。終盤に中谷美紀がいうように彼らは二流のサギ師に過ぎず、ろくに会話も出来ないのだ。そうなるとカットされた詐欺の場面も本当にうまくいったのか(最初は売上が1億5000万と言っていたのが実際は7000万だったわけだから決して行ったとはいえないと思うが)。
彼らの言葉には嘘がない。この映画の題名は『約三十の嘘』だが、この映画に出てくる嘘は多分30もない。それではまったくサスペンスになりはしない。裏の裏をかこうとして真正直に行って失敗した。そんなマヌケな詐欺したちを見て何がおもしろいのか。しかもこの映画は彼らを肯定して終わる。結末はがっかりを通り越してなんだか気持ち悪さすら感じてしまった。
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