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サマリア

★1/2星星星

2006/8/11
Samaria
2004年,韓国,95分

監督
キム・ギドク
脚本
キム・ギドク
撮影
ソン・サンジェ
音楽
パク・ジウン
出演
クァク・チミン
ソ・ミンジョン
イ・オル
クォン・ヒョンミン
オ・ヨン
preview
 高校生のヨジンは親友のチェヨンが援助交際する手伝いをしていた。チェヨンはヨジンと二人で旅行に行くために援助交際をしているのだ。チェヨンはそのことにまったく屈託せず、売春相手に恋心さえ抱いているように見える。ヨジンはそんなチェヨンにいたたまれない想いを抱く…
  『悪い男』のキム・ギドクが描く少女を主人公にした謎めいた寓話。
review

 この作品は映画としてはそれなりにおもしろい。作品は3部に分かれ、それぞれにおいて先の展開とそこに隠された心理が謎として提示される。第1部ではチェヨンとヨジンがどうなって行くのか、そしてチェヨンはなぜそのように明るく売春を続けているのか、ということがなぞとして私たちに投げかけられる。少女が援助交際という名の売春をするのはなぜなのか。この映画のように旅行や洋服と言ったお金を目的とすることが多いわけだが、それはなぜなのかということを観客は考えてしまう。
  第2部に入ると、ヨジンの行動が謎を投げかける。なぜヨジンはチェヨンが寝た男たちと体を重ね、お金を返そうとするのか、そこに見えてくるのはチェヨンとヨジンの関係であり、この年代の少女同士の親密な関係が持つ独特の関係が謎として投げかけられる。
  そして第3部にも謎があり、観客はその謎を追って映画の世界に入って行くことができる。そのような意味ではこの監督はストーリーテラーとしてはうまいということができるのだろう。観客を物語りに引き込み、考えさせる。それができれば観客は映画を楽しむことができる。

 しかし、そのようにおもしろい作品ではあっても、これは軽蔑に値する作品でもあると思う。なぜならば、この作品は結局、オトコのロリータコンプレックス的欲望を表現したものに過ぎず、しかもその欲望の発露が無批判に肯定されてしまっているからだ。
  まず、最初のチェヨン、売春相手を「いい人」といい、恋心すら覚えてしまうチェヨンは結果的にロリコン男に都合のいい女である。相手が傷を負っていないということで自分も精神的に傷を受けることがなく、欲望だけを満足させることができる。チェヨンを肯定することはそのような男たちをも肯定することなのだ。この作品はそのようなチェヨンの行動の背後に“親の不在”をあげているように思える。チェヨンが不在の親(本当にいないわけではないと思うが)の代用として買春する男たちを使っているということだ。このような周到な正当化はこの映画が完全に男の視点、しかも男の都合のよい見方からしか組み立てられていないことを暴露する。
  それはヨジンの行動をとってみてもそうだ。このヨジンの行動はチェヨンとの関係という視点に立って行われるものであり、正当化されているが、ここでもロリコン男の視点に立てば都合のいいできごとが起きているのである。しかもそのことに対して咎はない。
  ヨジンの父の行動は彼らの行動に対する因果応報のようにも見える。しかしその実この父親の行動は娘に対する近親相姦の欲望の裏返しでしかない。自分が欲望する娘とのセックスを他の死かも自分と同じくらいの歳の男たちがやっていることに対する嫉妬、彼の行動の背後にあるのがそのような欲望と嫉妬であることは、それ以前の彼の娘に対する視線から明らかであるように思える。彼は直接娘に向かわせることのできない欲望を、娘を“買った”男たちへの復讐という形に転化しているのだ。
  彼が本当にただ娘を守りたいだけならば、娘の行動を見つけた時点で娘をしかり、話し合うはずだ。それをせず相手の男ばかりを付けねらうのは、歪んだ欲望の発露と考えるほうがしっくり来るのだ。

 そんな男の立場で、男に思考のみによって作られたこの作品は、何か考えさせるようなモーションをしていても、考えた末出てくるのは男の欲望を肯定することだけだ。ただ、女性を虐げ、男性を正当化するそんな思考をすることに何の意味もない。
  そして、しかもそれが作品としておもしろいだけに、逆にたちが悪いということも出来る。

Database参照
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国別・年順: 韓国

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