| ロバート・デ・ニーロとダスティン・ホフマンという濃いキャラが対決するこのコメディはなかなかおもしろい。爆笑するようなギャグがあるわけではないが、全体にニヤニヤしてしまうような笑いがちりばめられていて、とりあえず勢いで最後まで見られてしまう。堅物のロバート・デ・ニーロ、息子にこの上ない愛情を注ぐダスティン・ホフマン、セックス・カウンセラーのバーバラ・ストライサンド、彼らの演技がこの作品をおもしろくしていることは間違いない。
そんなもろもろの要素について考えながら、この映画がなぜおもしろいのかと考えて見ると、それはここに登場するのがみな「年甲斐もなくむきになる大人たち」だからであるということを思いつく。ロバート・デ・ニーロ演じるジャックもダスティン・ホフマン演じるバーニーもとにかくすぐに向きになるのだ。ジャックは「頑固」と形容されているが、実はバーニーも同じくらい頑固で、同じくらい頑固な二人がぶつかることで二人ともがむきになる。
大人が向きになるというのはなんとなくおもしろい。子供は子供だからすぐむきになるものだし、むきになっても別に面白くはないが、大人というのは分別を持っているものでなかなかむきになったりはしないとされているから、それが起きるとなんだか大人が子供化してしまったようでおもしろいのだ。
この作品で言えば、アメフトのシーンにそのおかしさがよく現れている。むきになって子供に帰った大人たちは無茶をして、たいがい最後は体がついていかなくて怪我をしてしまう。そのオチがまたおもしろい。これは別に「他人の不幸は…」という意味ではなく、いい大人が子供っぽいことをするというギャップが形として現れたことのおかしさである。
そのおかしさはもちろんその大人が普段より大人であるほどおかしさはます。だから、ロバート・デ・ニーロがおもしろいのである。ベン・スティラーは普段からふざけているから別にそこにギャップはなく、おもしろさはそこにはない。逆に赤ん坊は大人のように振る舞い、そこにジャックとは逆のギャップを生ませて同じパターンではあるが逆方向の笑いを生もうとしている。
そのような非常にオーソドックスな年齢を題材としたギャップを笑いの材料にしているために、この作品は安定したおもしろさを生み出しているといえる。
最初はベン・スティラーが主役のシリーズだったはずだが、こうなると、もうベン・スティラーは必要ないのかもしれない。この作品で彼はもはやただの狂言回しであり、彼自身はまったくコメディアンではない。ぶっ倒れるときの過剰な演技も、気持ちの悪い演技も、大しておもしろくないのだから、そんな余計なことはせず、地味に脇役に徹したほうが作品としてはおもしろくなったのではなかったか。
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