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ゆる〜いギャグをまばらにちりばめて観客をクスリとさせるのはさすがにTVのバラエティ番組出身というという感じがするが、そのギャグの全てがおもしろいわけではなく、滑ってるんだか外しているんだかわからない微妙な感じもある。もちろんそれも合わせておもしろいという感覚の人ならば、この作品はかなり楽しめる作品であり、三木聡監督と波長があっているということだろう。
私もそれなりに楽しめはしたが、一時間半の映画としてみるには、少々ボリュームが足りないという感じはした。ボリュームを増やすために、幼馴染のクジャクとの思い出話と友情物語をある種のサブプロットとして用意したのだろうが、それはどこかで逃げでもあった。
もちろん、それもまた“ずらし”であると見ることも出来る。ただの平凡な主婦の日常が「スパイ募集」という張り紙を見ることでもともとの軌道から少しずれ、そのずれがどんどん大きくなって、最終的には、さらにずれ、もともと友だちであったクジャクとの新しい関係へと至るというずらし方。この全体がプロットなのだと考えれば、友情物語こそが主プロットなのであり、スパイ物語というのは彼女の生活の変化を象徴するひとつの例に過ぎず、さらにいうならば、彼女の内面の変化の表象化でしかない。
つまり、これがスパイ物語であるのは、このスパイの経験というのが彼女の内面の変化そのものだからである。スパイは秘密であるから、それが理由で彼女が変わるということは、変化のきっかけがわからない内面の変化と同じということだ。この物語はそんな彼女の内面の変化の象徴的な物語と読むことが出来る。だから、ここに登場する人々は非現実的な人々でいいのである。
これはもちろん、ただのギャグ映画だが、そのような普通の人が日常経験するような変化を象徴的に表現することによって、「ありえね〜」という違和感を与えないようになっている。ギャグ映画というのは現実とのギャップが笑いになるわけだから、リアリティに欠けることが多く、それがどこか入り込みきれない原因となることも多いのだが、この作品はそれを巧妙に避け、観客をうまく取り込んでいる。
だから今ひとつ笑えなくても、なんとなくおもしろくなってついつい引き込まれてしまうのだ。まさに脱力したい時に見ると、ボーっとリラックスできるのではないかと思う。
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