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一匹狼のアウトローがヤクザの抗争の渦中で奮闘する、それはまさに60年代らしい娯楽映画である。田宮二郎は「黒」シリーズ、「悪名」シリーズですでに名を馳せていたから、この「犬」シリーズは満を持しての田宮二郎のシリーズであり、主人公は田宮二郎のキャラクターにピタリと来る、軽妙でスマートなチンピラになっており、まさに田宮二郎の映画なのである。
60年代、日活に代表されるスターシステムと同じように大映もひとりのスターを中心としたシリーズを作りヒットを飛ばした。「悪名」シリーズも勝新太郎を主役とするスターものだったわけだが、そこで脇役としての出演だったはずの田宮二郎が予想外の人気を博し、『続・悪名』で死んだモートルの貞の弟として『新悪名』で復活した。
この「犬」シリーズの鴨井大介は、このモートルの貞のキャラクターが色濃く残っているように思える。そのような意味でも、60年代の大映のスターものの流れのひとつ中にあると言って間違いのない作品なのである。
だから、映画には60年代らしさ満載である。まず、気がつくのが、音楽である。エレキギターを三味線のようにベンベンと鳴らし、メロディーを紡ぐこの頃の独特の映画音楽がこの作品にも流れる。エレキギターといえば、ベンチャーズがブームを引き起こしたのは63年で、66年には「ふたりの銀座」というヒット曲が生まれているから、この作品が作られたのはまさにエレキ・ブームの真っ只中だったわけである。
そして、マッチョな男とというのも60年代らしさの象徴である。マッチョというのは肉体的にではなく、精神的にマッチョという意味で、いい意味では女を守り、悪い意味では女をモノ化する男たちがヒーローとしてもてはやされた。今から見れば、男性中心主義的の批判は免れないとは思うが、そのようなマッチョな男たちがヒーローともてはやされた時代だったのだ。
そして、そのマッチョはハードボイルドにつながる。この主人公の鴨井大介は女に目がないということで、ハードボイルドとは無縁という感じもするのだが、女がかかわってくる以外の部分ではフィルム・ノワールを思わせるハードボイルドさを発揮する。というよりはむしろ、天知茂演じる木村準太がフィルムーノワールらしいのかもしれないが。
しかし、そのフィルム・ノワールらしいプロットがサスペンスとしてのおもしろさを生み、“スター”田宮二郎を見るという以上のおもしろさをこの映画にもたらしている。もちろん最後まで“スター”は格好いいわけだが、大映の映画は日活的ないかにもというスター映画ではなく、どこか陰のあるスターを使うことで、プロットにも暗さがにじみ、それが今見ると面白いのだと思う。そして田宮二郎にはそのような影が特に強く感じられる。
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