|
これはもう「80日間世界一周」ではない。この映画を見ていると、もとの話がどんな話だったかも忘れてしまう。ここまで大胆に翻案した勇気は勇気として買うが、こんな映画を作るなら、別に「80日間世界一周」を使う必要はなかったのではないかと思う。ジャッキー・チェンとディズニーが組むと、着地点はこんなところになるのだろうか…
ディズニーの映画といえば基本的に人が死なないということで有名だが、この映画もその例に漏れない。カンフー映画なのに人が死なないというのもひどい話だが、明らかに人を殺すという場面は出てこなかったと思う。ジャッキー・チェンは香港映画の中ではかなりディズニー的な要素を持った作り手だとは思うが、それでもやはりカンフー映画、人を殴るのが商売である。人をバンバン殴るのにちっとも死なない。それを繰り返すうち、この映画はなんだか「トムとジェリー」見たいな感じになってしまった。ジャッキーは所狭しと動き回り、いろいろなことをするが、それが全て漫画のキャラクターのように見えるのだ。
そしてこの映画は全編を通して漫画のようでもある。気球でも汽車でも場所が一気に変わるところでは、なんだか変なCGが使われる。リアルにしようと思えばもっとリアルに出来るはずだから、このいかにも作り物のCGはそれが作り物であるように見えるということが狙いだったはずだ。そして、それが狙っていることとはこの作品をファンタジーとして片付けることだ。この映画はファンタジーであり、登場人物も架空の人々、だから殴ったって切りつけられたって死なないし、うそみたいな動きも出来る。そんなメッセージがあからさまに伝わってくる。 もちろん、それならそれでいい。ディズニーはファンタジー映画を作る会社なのだから。しかし、この作品は「80日間世界一周」だったはずだ。「80日間世界一周」はファンタジーというよりは当時のリアルな冒険小説だった。「80日間世界一周」と聞いて思い浮かべるワクワクとした冒険がここには存在しない。それはその冒険を担うはずのフォッグ氏が主人公ではなく、脇役のはずのパスパルトゥが主役になってしまっているからだ。だからはっきり言って全然面白くない。
それでも、ジャッキー・チェンのアクションは懐かしくていい感じだし(サモ・ハン・キンポーが出演しているのも、その懐かしさを助長する)、ところどころのギャグはそれなりに笑える部分もある。
シュワルツェネガー(州知事)もひどいものだが、「大統領と州知事とも一緒に風呂に入った」と語るくだりだけはうっかり笑ってしまった。しかし、どうせジャッキーとシュワルツェネガーが共演するなら、直接対決が見てみたかったもの。80年代の香港とハリウッドを代表するアクション俳優のふたりがこの21世紀にグダグダのアクションで対決する、そんな映画ファンのファンタジーも実現して欲しかったものだ。
映画化作品としてのオリジナル(デヴィッド・ニーヴン主演の『80日間世界一周』)は世界各地で出会う人々に豪華キャストを用意して、その豪華さで観客を圧倒した。この作品も多少それに倣った感じはあるが、それにしてはキャストがしょぼい(なんと言ってもシュワルツェネガーがトルコ人というのは相当無理がある。トルコ人もオーストリア人もアメリカ人にとっては同じ? よく引き受けたな州知事、やはりディズニーが共和党のパトロンだからか?)。大胆に翻案してみたものの、お金もあまりかけることが出来ず、ジャッキーのらしさもあまり発揮できず、冒険としてのワクワク感もない。これじゃ子供もだませないね。
|