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原爆を映画にするのは難しい。爆心地近くにいた人々は一瞬で灰になってしまった。即死を逃れた人々の多くは全身にやけどを負い、あるいは建物の下敷きとなり、飛んできたガラスに切り裂かれ、瀕死の状態で町をさまよった。さらに無傷のように見えた人々も直接に放射線を浴び、あるいは黒い雨によっていわゆる原爆病となって数日後に亡くなった。それをいかに映像にするか。目を背けたくなるほど悲惨すぎず、しかしその苦しみが伝わるように描くというのは非常に難しいのではないか。
この作品の題材となっているさくら隊の中では5人が即死、4人が即死は免れたが、原爆病にかかって死んだ。新藤兼人はその即死した5人についてはほとんど名にも語らない。彼らは一瞬で焼き尽くされ、数日後に焼け跡に行ったときには骨しか残っていなかったのだ。そのすさまじさは数十万度という数字によって示されるだけだ。おそらく彼らは苦痛を感じる暇も無く焼き尽くされたのだろう。死んだということはもちろん悲劇だが、自分の身に何が降りかかったのかもわからぬまま苦痛を感じることも無く死んだという点だけにおいては彼らは幸せだったのかもしれない。
新藤兼人が描くのはその瞬間を生き延びた人の苦しみだ。それぞれが命からがら生き延びながら、同じ原爆病で死んで行く。彼らの死の原因が原爆病であり、それが放射能による骨髄機能の破壊からくる白血病であることが明かされるのは、さくら隊の9人目の犠牲者である仲みどりが東大病院でようやく「原始爆弾症第一号」と認定されたあとのことである。
この作品は基本的にドキュメンタリーであり、映画の中心はインタビューにあり、非常に淡々と展開しているように見える。しかし、誰もがもう老齢に差し掛かってしまった証言者たちの語りを再現映像によって見せることによって観客に新たな記憶を植え付ける。単に話を聞くのと、それを映像によって表現するのではまったく違う。とくに丸山定夫、園井恵子、高山象三、仲みどりの病状が進んで行く様は、まさにこの世の地獄。生きながら内臓が腐って行くというその苦痛は想像を絶するものであり、その痛みと高熱で悶絶せずにはいられない彼らの苦悶を役者たちは何とか演じている。
その再現ドラマから彼らの無念が伝わり、さらにインタビューによって彼らの戦前の姿が明らかになって行くことで、観客は徐々に彼らに近づいて行く。そして映画の終盤、淡々と丸山定夫との想い出を語る杉村春子の姿や、『無法松の一生』に出演している園井恵子の姿をみると、思わず涙がこぼれそうになる。
それをもたらすのは、原爆という兵器の無差別さに対する憎しみではないか。原爆は戦争のための兵器というよりは大量殺戮の道具と行った方がふさわしい一般市民を殺戮する道具なのだ。そして、そのような兵器が今も世界に大量にあり、しかもそれらは広島の原爆の何十倍もの威力を持っているということの恐ろしさに慄然となる。そしてまた、劣化ウラン弾という偽装された核兵器によって、アラブ地域の人々や帰還兵の間で白血病や癌の患者が増加しているという事実(その相関関係は確認されていないが)に怒りを覚えるのだ。
この作品は過去の出来事を扱った証言フィルムである。しかし、それは単に過去のことではなく、確実に現在につながっている。
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