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不幸とか不運が重なって、主人公がそのスパイラルに巻き込まれてドタバタが起きるというブラック・コメディはひとつのパターンとしてある。これもちょっとした不運から主人公とその4人の友達たちがどんどん悲惨な運命に巻き込まれているというプロットが基本になっている。
しかし、それは実は単純な悪運や自分ではどうすることも出来ない運命というわけではなく、その中の一人であるヴォイドが率先してその運命へと友人たちを巻き込んで行っているようにも思えるのだ。だから、これはブラック・コメディのような外見をしていながら笑えない。その裏に何かすごく暗いものを感じさせるのだ。
そして、そのヴォイドと仲間たちだけに注目して行くと、この作品はなんとも後味の悪いものになる。ヴォイドは途中からは結局目論見があって殺人を犯しているわけだし、その意図はあまりに単純で子供っぽく、救いようがない。
この映画の主プロットはその4人の行動になるわけだが、タイトルからも明らかなように映画の中心に置かれているのはローラと結婚式である。ローラの結婚式に対する固執が後半の映画を引っ張って行くということになる。
しかし、それも笑えない。どれもこれもが笑えないのは、この作品の登場人物たちがやたらと切れまくり、大声で叫びまくるからだ。彼らの行動の基本は大声で相手を威嚇することで自分のエゴを通そうとすることだ。その中でヴォイドだけが冷静を装って周囲を説得しようとする。それももちろん彼のエゴの発露であり、彼の場合はただ周囲より巧妙だというだけのことだが、とにかくこのようにやたらと大声で叫びあい、エゴを通そうとしあう人々を描いただけの映画をみて起きる感想は、「苛立たしい」ということだけだ。大声で叫ばれたセリフはただ観客を威嚇するだけで、それが何かのメッセージを発するということは皆無だ。だからこの大声で満たされた映画からは何も伝わってこないし、何も面白くない。
ただひとつ面白かったのは、ロイスがヴォイドに反撃するところくらい。この作品をコメディと呼ぶのは、ツッコミがボケをグーで思いっきり殴って気絶させて「これが漫才だ」と言っているのと同じではないか。それはただ暴力的な人が、普段自分が出来ないことを代行してくれる人を見て気分がすっきりして、思わず顔がほころぶのを「笑い」と勘違いしているに過ぎないのではないか。
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