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ザ・フォッグ

2005/5/23
The Fog
1980年,アメリカ,90分

監督
ジョン・カーペンター
脚本
ジョン・カーペンター
デブラ・ヒル
撮影
ディーン・カンディ
音楽
ジョン・カーペンター
出演
エイドリアン・バーボー
ジェイミー・リー・カーティス
ジャネット・リー
ハル・ホルブルック
トム・アトキンス
ジョン・ハウスマン
preview
 おじいさんが子供たちに100年前に海に沈んだ人々の亡霊が霧とともに蘇るという伝説の話をする。そして、その日が伝説の当夜、その港アントニオ・ベイでは本当に霧が出始め、0時ちょうどに車のクラクションが勝手になったり、ガラスが割れたりと奇妙な出来事が次々起こる。そして、霧は海上に停泊していた船に迫る…
 ジョン・カーペンターが『ハロウィン』に続いて撮ったスリラー。ホラー的な怖さよりも心理的に観客を追い詰めるというプロットで『ハロウィン』とは一味違った味わいに。
review

 この映画は非常にクラシックなスリラーである。恨みを抱いたゴーストが蘇りその恨みを晴らすという、世界中に存在する幽霊話の1バリエーションなのだ。だから、これが現代的な映画として成立するためにはそこに現代的な演出を加えなければならない。ゴーストを現代的な形にするか、プロットや様々なエピソードに現代的なものを加えるか、映像的な工夫によって観客を圧倒するかだ。
 しかし、ジョン・カーペンターはそのような現代的な演出を一切しなかった。クラシックな物語をクラシックなまま演出し、さらに映画の冒頭にはその物語の原型という物語を文字通り物語らせた。
 だから、この作品には驚きが少ない。観客が映画を見ながら予想する展開から外れていかず、原型の物語から映画の物語が逸脱することもない。したがって、この映画はスリラーであるのに非常に単調な印象すら与える。幽霊は蘇って人を殺そうとし、人は殺されまいとして逃げる。ただそれだけの映画なのである。

 なので、物語だけを追っていると、退屈な印象すらある。物語の組み立てとしては、灯台にあるローカルラジオ局でDJをしているスティーヴィー(エイドリアン・バーボー)を中心として、ニック(トミー・アトキンス)とエリザベス(ジェイミー・リー・カーティス)がサブプロットを構成するという展開になっている。その展開自体はちっとも退屈ではないのに、この作品がどうも退屈に見えるのは、彼ら以外の人々の顔が一向に見えてこないからかもしれない。
 スティーヴィーは灯台にかじりついて、町の人々を救おうとしているわけだが、その町の人々の姿というのはイメージとして確立されていない。だから、観客である私たちはそんなことしてないで息子を連れて他の町に逃げちまえと思ってしまうのだ。しかし、彼らには町から逃げるという選択肢は一切ない。霧に襲われても、彼らは町の中で逃げ惑うだけなのだ。
 ここにもやはりジョン・カーペンター特有の「閉じ込められた」感覚があるわけで、その「閉じ込められた」感覚を端的に示すはずなのは外からやってきた人物であるエリザベスなのだが、そのエリザベスも含めて誰も町から出て行こうとすることすらせず、何故彼らが閉じ込められてしまっているのかは理解できない。それがこの映画が心底からの恐怖感をあまり感じさせない原因なのかもしれない。われわれには何故彼らが進んで閉じ込められているのかが一向にわからないのだ。

 しかし、さすがのジョン・カーペンター、観客に恐怖感を与えずに返すということはしない。この作品の恐怖は基本的に「わっ」と驚かすような怖さである。不意に物陰から人が出てきたり、板切れが燃えたり、というような驚きから来る恐怖なのだ。このような恐怖の引き起こし方を古典的な安っぽいトリックという意味で「チープ・トリック」というが、この映画はまさにチープ・トリックの映画、ただ観客を驚かせて煙に巻くだけだ。
 もちろん、このようなチープ・トリックを多用して安っぽいスリラーに仕上げるというのも確信犯的なもので、純粋に驚かせるだけの映画というのを作って見せたということなのだろうとは思う。しかし、今となってはそのような驚かせるという機構が見え透いてしまって、純粋に楽しむことはなかなか難しいのも事実ではないか。

Database参照
作品名順: 
監督順: 
国別・年順: アメリカ60~80年代

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