|
戦後から50年くらいまでは溝口にとってスランプの時期だといわれる。52年の『西鶴一代女』で復活するまで、確かに「これぞ!」という作品を撮っていない。それは、溝口が非常に時代性に深く関わる作家であったということに理由があるのだろうと思う。戦中は戦争賛美の映画を撮ることを避けて芸道もを撮り、佳作を生み出したけれど、戦後になり、新しい時代が訪れ、その時代に合うような作品を撮らなければならないとなると、なかなか難しかったのではないか。何事にも完ぺき主義な溝口は、時代の変化に対応するのに時間がかかるのかもしれない。 この作品が作られたのは51年、まもなくスランプを脱するという時期だが、やはり作品としては今ひとつパッとしない。スタイルもテーマも溝口らしさを持っているのだが、もう一歩何かが足りないという気がするのだ。
その中でも出演している俳優たちはさすがにうまさを出している。田中絹代は若い従兄弟と言葉に出来ない気持ちをお互いに抱える“若妻”という役には少々ミスキャストの感もある。見る側のイメージの問題かもしれないが、道子を演じる田中絹代と勉を演じる片山明彦のバランスが今ひとつよくないような気がするのだ。考えてみれば、溝口の映画にはそのようなミスキャストはよくある。それはおそらく溝口がキャラクターよりもその役者の技量を重視するからだろう。どんな役であってもまず実力ありき、溝口のめがねにかなう実力がなければ、役のイメージにぴったりでも使われない。だから、必然的に同じ役者を繰り返し起用することになり、作品によっては役のイメージとのずれが生じる。それがどこかで不自然さにつながるのだ。
しかし、そうは言ってもうまいことはうまいわけで、その登場人物の心理はほぼ完璧に演じているのだ。この作品でも、映画を見進めるにつれてその違和感は徐々に薄れていく(完全になくなりはしないが)。田中絹代の身のこなしや表情、そしてこの作品ではとくに手の所作から、内に秘めたる感情が漏れ出てくるのが眼に見える。ついつい「さすがは絹代」とうなってしまう。
そしてもう一人、この作品で実力を発揮したのは森雅之だ。森雅之といえば、渋い二枚目、モテ役が多いわけだが、この作品ではいやな男の役である。溝口の映画のいやな男の役というのは、本当に徹底的にいやな奴で、しかも映画の中では脇役に過ぎないという非常に損な役なわけだが、この作品の森雅之は印象を強く残す。一つ一つの台詞、一つ一つの仕草から「やな奴」感がにじみ出てくるのだ。ただ、酔っ払っている演技をしているところでは、今ひとつリアルさがなく、鼻白いものを感じたが、その辺りは二枚目を捨て切れなかったというところか。それにしても、この秋山という男は自分自身も含めた男性のいやらしさを描き続けた溝口の男性キャラクターの中でも屈指の「やな奴」さなのではないか。
また、映像という面でも溝口らしさが随所に出ている。私がそれを特に感じたのは、道子が秋山と勉に同時に接する場面だ。おそらく中盤を過ぎたあたりで、具体的な状況は忘れてしまったのだが、まずうちに帰ってきた秋山を出迎え、服を着替えさせたりした後、中庭を挟んで向かいの部屋にいる勉のところに行くのだが、このときカメラは勉の部屋のほうにあり(勉自身は映っていない)、中庭を小走りにやってくる道子の向こうに小さく秋山が映り続けている。このショットは中庭を巧みに利用することで引き裂かれる道子の心理を見事に表現している。心は勉に惹かれ、勉のほうに走って行きたいのだけれど、夫への貞節を捨てきることが出来ず、後ろ髪を引かれている。それを中庭を小走りに走るという数秒のショットで表現しているのだ。
それ以外でも、水辺を散歩する道子と勉の姿を移動カメラ(クレーン)で長々と映したショットなど溝口らしい映像の語りが随所に現れている。
全体としては田中絹代の違和感と、全体的なメッセージの希薄さで今ひとつという印象だが、役者の力を引き出す力や、映像の語りなど部分的には溝口らしさが発揮されている。歴史的に見れば、スランプを脱する兆しが見える作品ということが出来るのだろうか。
|