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この映画はコメディかと聞かれると微妙な感じだが、面白かといわれれば面白いのだと思う。映画の前半は展開もコミカルで、ニヤリという笑いを誘うような場面も多いのだが、後半のクライマックスに入って行くと、どんどんアドベンチャー、アクションが中心になっていき、コミカルな部分は影を潜める。映画にうまく載せられれば、ジャン=ポール・ベルモンド演じるアドリアンのアドベンチャーに心を奪われることになるだろう。
しかし、なかなかそうはいかないというところに、この映画の面白さと「変」さがある。この映画は物語を追っていけば、まっとうなアドベンチャーに見えるのに、ボーっと映画を見ていると、決してそうは見えないのだ。ジャン=ポール・ベルモンドが好きで、一生懸命見ようとする観客なんかは、この映画のどこに笑いがあったの? などと思うだろうが、特にそんな思い入れもなく、なんとなく映画を観ているボーっとした観客には、この映画はおかしくってしょうがない。
何がそんなにおかしいのかといえば、この映画に登場するあらゆることが不自然なのだ。見ようによっては映画としてのつくりが拙いとか、お粗末な映画だと見ることも出来るわけだが、しかし、全体的な仕上がりの見事さから見ると、わざとそのような不自然さを取り込んでいるように思える。このおかしさを誘う不自然な場面というのは特に後半に多く出てくる。たとえば、アドリアンが車を追いかけるシーンで、追いかけ始めは夕方だったのに、次のカットはあっという間に真昼間、いったい何時間走ってんだ! というようにだ(ネタばれ防止のため、詳しくかけないので、何のことを言っているのか、ちっともわからないと思うけど)。このような不自然さが映画の全体にあふれている。
映画全体で言っても、この映画にはサスペンスの緊張感が決定的に欠如している。たとえば、アニエスは命を狙われているにもかかわらず、あっけらかんとしていて能天気、現地の子供と踊りほうけたりしている。この物語の持つ緊張感と実際の雰囲気のズレ、これがこの映画のおかしさの源泉なのだろう。
このような映画を、英語では"weird"というのだろう。日本語で言えば「変な」と「おかしな」と「変わった」がない交ぜになったような感じで、そこには少しB級な感じも含まれる。まっとうな映画のようでありながら、なんか変な感じ、なんだかおかしくて笑ってしまうような感じが潜んでいる。典型的なのは初期のアルモドバルの映画なんかがそうだが、このフィリップ・ド・ブロカもそのような監督なのではないかという感じがする。このフィリップ・ド・ブロカはジャン=ポール・ベルモンド主演で、『大盗賊』『ピストン野郎』『おかしなおかしな大冒険』など数本の映画を撮っているが、そのどれもがそのような"weird"な映画の雰囲気を持っているらしいのだ。有名なのは、と例を挙げたいところだが、日本ではこの監督の作品は、(これだけジャン=ポール・ベルモントが有名であるにもかかわらず)ことごとく無視されていて、有名な作品などというモノは存在しない。唯一あるとすれば『まぼろしの市街戦』という作品がカルト的な人気を誇っているくらいだ。あとは、ゴダールが参加している『新7つの大罪』という短編集に参加しているくらいだろうか。
これは、このような"weird"な作品が日本ではなかなか受けないという理由と、フランスのコメディがこれまた受けない、という二つの理由が重なっているせいだと思う。
たしかに、みんながみんなこれを面白いと思えるとは思えないが、笑いの質が玄人好みという感じがするだけに、フランス映画=オシャレという風潮にどうも反感を感じるという輩にはなんとも魅力的な雰囲気を持っていることは確かだ。フランソワーズ・ドルレアックが出ているというのも、そのようなマニア心をくすぐる理由のひとつになる。
というわけで、この映画はボーっと気楽に見ていれば確かに面白いし、こういう映画を知っていれば、映画マニアの面目躍如、「映画はやっぱりトリュフォーよね」なんて言っているオシャレ映画好きピープルに「こんな映画もあるんだよ」と言ってちょっと耳目を集めるには最適。きっとそんなオシャレ映画好きピープルはこの映画を面白いと思うとは思えないけれど、レンタルビデオ屋にもめったに置いていないような映画をわざわざ探してみるようなこともないだろうから「どこが面白いの?」と詰問されて、説明する必要が生じることもなさそうだし。
などなど、いろいろな意味で、見てみると面白い映画ではないかと思います。
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