|
映画が始まってすぐ、画面を支配する青い空気にキリリと身が引き締まる。ある傾向のハードボイルドなアクション映画によく使われる全体に青みがかった画面、その画面がこの映画にもある。
そして、その予想にたがわず、この映画はハードボイルドなアクション映画で、主人公は格好いいヒーローでも、心優しい男でもなく、心に傷を追った男である。この青い画面と、主人公のキャラクターを見て思い出すのは、「リーサル・ウェポン」シリーズだ。シリーズが進むとなんだかコメディのようになって行ってしまったけれど、一作目の印象はクールでハードボイルドなものだった。リーサルウェポンのリッグスは妻を失い、この作品のテリスは自分の撃ったためで赤ん坊を死なせてしまって、ともに心に傷を負っている。その傷が捜査への情熱と自暴自棄との境界線上に主人公を連れて行く。このような映画をフィルム・ノワールに倣って“フィルム・アズュール”とでも呼んでみようか。
まあ、名前などはどうでもいいのだが、この作品がそのような系列の作品のひとつであるということを考えるのは楽しい。この作品でもっとも面白いのは、主人公テリスのフラッシュバックが映像としてたびたび挟まれるという点だ。それはつまり、テリスの精神面が映画にとって重要であるということを意味し、その彼の心理に観客が寄り添って行くことを求める。しかし、完全に彼に同一化することを求めるわけではない。ただ彼の苦悩を感じればそれでいいのだ。彼の苦しみ、仕事と家族の間で(と書いてしまうと陳腐だけれど)引き裂かれる思い、それを感じながら、映画の主プロットである犯人探しの方に身を入れる。
この犯人探しのプロットもなかなか秀逸だ。全体的には「衝撃の結末!」という感じでもないのだけれど、犯人を追い詰めて行くドキドキ感はかなりある。犯人探しというサスペンスと、不安定なテリスの心の動きを追うサスペンス、この2つのサスペンスが平行して進行してゆき、複雑に絡み合う。
しかし、この映画、全体的にどこか冷めているような印象もある。テリスは確かに懸命に犯人を捜そうとしているが、どこかで迷いがあるし、犯人探しに没頭できないような様々な要素もちりばめられている。「上との対立」というのはこの“フィルム・アズュール”の常套手段で、この映画にもそれが織り込まれ、リアルさを増す。上の指示に従わず、個人の信念に従って捜査を続ける。そんな主人公がやはり魅力的なのだ。
そのような主人公に魅力を感じつつ、しかしどこか距離がある感じ、その感覚が没頭型のアドベンチャーものとは違って、クールで大人っぽくて、非常に心地よいのだと思う。この全体的な画面の青っぽさも含めた映像もその雰囲気を作り上げる要素になっている。どこか冷たい感じのする画面の質、そして見ているものが自分が部外者であると感じられるような映像の角度、それらがあいまって、クールさが演出されているのだと思う。
|