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キル・ビル Vol.2

2004/10/14
Kill Bill: vol.2
2004年,アメリカ,136分

 
            
     
 
 Vol.1で次々と復讐を果たした“ザ・ブライド”、最後にビルを殺して復讐を終えるまであとわずかとなった。映画はその因縁の発端となった教会での虐殺の回想に始まり、いくつかの回想をはさみながら展開していく…
 2部構成となった『キル・ビル』の第2部はテキサスを舞台とし、カンフー・アクションで見せる。日本に加えて香港のB級映画オタクであるタランティーノが自分の思い入れを込めて作り上げた超ど級B級大作ここに完結。vol.1から時間を置くと、前作の内容を忘れてしまうので要注意。
監督 クエンティン・タランティーノ
脚本 クエンティン・タランティーノ
撮影 ロバート・リチャードソン
音楽 RZA
    ロバート・ロドリゲス

出演 ユマ・サーマン
    デヴィッド・キャラダイン
    ダリル・ハンナ
    マイケル・マドセン
    ゴードン・リュウ
    マイケル・パークス
    パーラ・ヘイニー=ジャーディン
    サミュエル・L・ジャクソン

 

 

 

キル・ビル Vol.2

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 さて、前作のレビューでこの映画は“フェイク”だと書いたが、この続編にもそのような印象は引き続きある。特にパイ・メイのところで修行するシーンは香港のアクション映画(特に少林寺もの)のフェイクであることは明らかだ。それはその弟子が金髪の女であるという時点で徹底的にフェイクなのだから当たり前だ。
 しかし、前作の舞台が日本だったせいもあってか、前作よりはフェイク感を感じない。まっとうなアクション映画とは決していえないが、フェイクというよりは作りこまれたB級映画、作り物じみたアクション映画なのである。
 この映画が作り物じみているのは、主にその奥行きのなさから来ている。多くの映画はリアルさを出すために画面に奥行きを求める。古くはセットの書割に遠近法を使うという手法から、現在のCGまで、とかく背景には奥行きが求められるものだ。しかし、この映画は違う。この映画はオープニングのモノクロの車のシーンから背景にはまったく奥行きが用意されていない。このオープニングのシーンは明らかに50年代くらいのアメリカ映画のドライブのシーン、背景がスクリーンに投影されたフィルムであるそのシーンである。実際まったく同じ手法が使われたのかどうかはわからないが、あからさまにそれを連想させるものである。つまりそこでは、背景が平面なスクリーンであることが暗示されているのだ。そしてその奥行きのなさは映画の全編にわたって徹底されている。
 そして、その奥行きのなさとシンクロするように、この映画には平行な線が多く登場する。画面を縦あるいは横に切る線である。これは斜めの線が奥行きを生み出すのとは逆の効果を生み、つまり奥行きを消す。そのようにしてこの映画は巧妙に平面化される。
 前作のレビューではこの映画が「映画とはそもそもが現実の「フェイク」であるという事実」を明らかにしようとしている。と書いたが、今作では「映画というのがあくまで二次元である」ことを明らかにしようとしているのではないか。
 三次元空間を表現しようという絶え間ない努力のおかげか、われわれは映画があくまでも二次元のスクリーンに投影したものでしかないということを意外と忘れがちである。映画が眼の錯覚を利用して奥行きを認識させる努力が成功してきたということだが、この映画は逆に映画が二次元であることを思い出させる。それは実は重要なことではないかと思うのだ。三次元だと当たり前に思って映画を作る側を甘やかしてはいけないというか、映画がリアルかリアルではないかとかその映画が世界をどのように捉えようとしているのかということを見るときに二次元のスクリーンをいかに利用しているかを考えることは重要な気がするのだ。
 つまり、この映画は前作に続いて面白いところに目を向けさせてくれるということだ。それがタランティーノの意図するところであるかどうかはわからないが…

 ところで、この映画が面白いのかどうなのか、というと「まあまあ面白い」と言うしかない思う。タランティーノと同じくらいのB級映画オタクならば、きっとものすごく面白いのだろうと思うが、そんな人はなかなかいないだろう。この映画はどんどんいろいろな映画をぱくっているわけだから、その元ネタがわかればわかるほど面白さが増していくのではないかと思う。
 したがって、単純にvol.1とvol.2のどちらが面白いのかを比べることは難しいが、簡単に言ってしまえば日本の映画を数多く観ていればvol.1が面白く、香港の映画やハリウッドの映画を数多く観ていればvol.2のほうが面白いということになるのではないかと思う。もちろんvol.1の元ネタに香港映画もあったわけだから、この分け方はあまりに簡単すぎるけれど。
 私はvol.1のほうが「面白い」けれど、vol.2のほうが「楽しい」と思った。このvol.2は能天気というか、あっけらかんとしていて楽しいのだ。展開も前作よりはスピード感があって、軽快である。ちょっと回想シーンが多すぎたという気はするけど。
 こうなるとやはり、劇場公開にとらわれず、vol.1とvol.2をあわせて再編集した“完全版”も見てみたいと思ってしまう。もしかしたら、それもタランティーノの作戦?

 音楽はいいなぁ、“恨み節”も含めて。