「クレヨンしんちゃん」の劇場版アニメがアニメファンのみならず、一般にも注目されるようになったのは第9作の『オトナ帝国』であるが、その前に通のあいだで評価が高まったのは第5作の『暗黒タマタマ大追跡』のころからである。この第5作からは原恵一が監督となっており、それによって「クレヨンしんちゃん」は単なる子供向けアニメのスペシャル版というものを超えた一般向けのアニメとして通用するものになったわけである。
なので、それ以前の作品は少々軽んじられる傾向があるし、原恵一が監督を辞めてしまった第11作の『ヤキニクロード』以降の2作品もあまり評判が芳しくない。
しかし、実は原恵一は第1作の『アクション仮面』から脚本と演出という形でクレジットされている。もっと言うならばTV版から原恵一は関わっている。つまり、「クレヨンしんちゃん」というアニメは実はずっとひとつの方向性で進んでいるわけで、最近ようやくそれが日の目を見たというだけのことかもしれないとも考えられる。
というマニアックな予備知識を持った上でこの作品を見てみても、この作品に特別なものは感じられない。単にTVアニメのスペシャル版に過ぎず、パターンとしては『ドラえもん』が劇場版になった場合とパラレルなものと感じられる。
ので、それ以上のものではないと行ってしまって終わってしまうのだけれど、2点ほどちょっとチェックしてみた。
1つは「オカマ」。「クレヨンしんちゃん」の劇場版には「オカマ」あるいはオカマ的な人が重要な存在として現れてくることが多い。それがこの作品にも出てきている。アニメが子供向けだとしたら、オカマを使うということは、つまりそれは笑いのネタである。そしてこの映画でも基本的には笑いのネタだけれど、卑下される存在としてのネタではなく、主体的にネタであろうとする存在であるネタなところが重要なのだと思う。ここに、このアニメシリーズが子供向けであるものを超えて一般向けになる糸口があるような気がする。
もうひとつは小宮悦子。有名人がアニメに出演するというパターンはアメリカの人気アニメ『シンプソンズ』でよく使われる方法だが、この方法が画期的なのはどう考えても現実と隔絶しているはずのアニメの世界が現実と結びつく点にある。アニメがファンタジーであることを超えてリアルな物語として語られるためにはそれがどこかで現実とつながって行く必要がある。ここで小宮悦子が登場するというのは、そのような現実とつながろうという意識の現われではないかと考えるのは、考えすぎだろうか。
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