この映画の狙いはいったい何なのか。この映画で面白い点といえばただひとつ、嵐のシーンの迫力だけだと言いたくなってしまうような出来なのだ。この嵐のシーンはかなりすごい。最初の嵐では、暴風雨の中でびしょぬれになりつつ、そこにたまった水を掻き出すというだけのシーンなのだが、次に襲ってきた台風のシーンはまさに壮絶。右に左に上に下にとヨットが揺れる中、ものは散乱し、水はどんどんたまり、最後には船窓が割れて水がどっと入り込んでくる。それを、間に合わせの板を打ち付けてとめようとしたりと、ひとつのアクションシーンとしてかなりの迫力があるシーンである。
かなり長いシーンであるが、まったく飽きずに見ることが出来る。石原裕次郎の演技も見事だが(この人はしゃべらないほうがいいと思う)、その撮影技術の見事さに舌を巻く。何でもこのシーンは設立間もない円谷プロが手がけたという話である。
という嵐のシーンが最大の見せ場になるが、物語としては「太平洋ひとりぼっち」というだけに、孤独との戦いがひとつの中心的なトピックになる。ただひとりで3ヶ月を過ごすその孤独、その孤独は見つかったら困るはずの複葉機が去っていったときに見事に表れた。いなくなったことを表面的には喜んでいるが、久しぶりの人との接触が一瞬で終わってしまったことの寂しさも同時に表現されているのだ。これまた台詞のないカットの石原裕次郎の演技の見事さである。これに比べると、ハワイから日本語放送が聞こえてきたときにはしゃぎぶりには今ひとつリアリティがない。
どうも、この映画を観て、石原裕次郎という役者は台詞をしゃべらせないほうがすばらしい演技をするような気がしてしまった。この映画が撮られたのは裕次郎がデビューしてはや6年が経つ頃、出演作も50本を越えているのに、その台詞にはどうも素人くささが抜けない。この映画が関西弁であるということもひとつ原因ではあるのかもしれないが、なかなか自然とは言いがたい演技である。
だから、実はこの映画は裕次郎にはぴったりだったのかもしれないと思う。少ない台詞で内面を表現する。時々は歌も歌う。それならばもっと台詞を削って削ってほとんど無言の劇にしたら、面白かったのではないかと思ってしまう。
話がそれてしまったが、孤独の話である。旅の中盤ではうまく孤独が描かれているわけだが、それがさらに深刻になっていくはずの終盤では今ひとつ盛り上がっていかない。ある種の狂気に陥りかけているということのはずなのだが、その鬼気迫る感覚が感じられないのだ。最終盤に、霧の中、ただただボーっとするシーンはなかなかいいが、それ以外は今ひとつ。ここもやはり台詞のないシーンだった。
台詞のないシーンといえば、ラストシーンもなかなかいいシーンだった。
ということで、見所もあるが、全体としてはまあまあという印象の作品。脇を固める盟友たちが今ひとつ生かされていない気もする。
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