くだらなくてばかばかしくて面白い映画を作るというのは実に難しい。この映画も一歩踏み外したら完全な駄作、端にも棒にもかからないゴミとして記憶のかなたに忘れ去られてしまうところである。しかし、この映画は面白い。それはまず、この映画の設定の勝利といっていい。といっても、いかレスラーというキャラクターを言っているのではないし、たこレスラーやしゃこボクサーという悪ノリを評しているのでもない。
この映画のすばらしいところは、登場人物の誰もがいかレスラーがいかであることを髪の毛ほども疑わないということである。いかレスラーは普通に見ればどう考えても人間が着ぐるみ着ただけのものだし、それ以前に常識的におかしいということは言わずもがなである。
普通はそのおかしいということをおかしくないように説明しようとしたり、何とか説得力を持たせようとしてしまうのだけれど、この映画はそんな努力は完全に放棄してしまっている。その代わりといっては何だが、新聞記者に「イカなのに、山岳地帯の出身というのはおかしくないか」という質問をさせ、いかレスラーは「日本でもタコが白根山に現れたことがある」という素っ頓狂な答えをする。このやり取りではもちろん説得されるわけはないが、なんとなく「しょうがねーかなー」と受け入れてしまうのだ。
そして、映画はとにかくバカの上塗りをしていくことで、その疑問が観客の頭に浮かぶことを阻止しようとする。そんなどうでもいい疑問は忘れて、映画を楽しめよというのである。そして見事にこの策略に乗ってしまえば、最後まで怒涛のごとき映画の勢いに押されて映画の世界に浸ってしまうのである。
小ネタとしては、実相寺昭雄の題字というのがかなりミソ。タイトルクレジットが始まった瞬間、ある世代の人は「これはウルトラマンか?」と思ってしまうだろう。ウルトラマンのあの特徴的な題字は実相寺昭雄が書いていたんだね、と逆に気づかされる強烈な自体で映画を盛り上げてしまう。題字などという些細なものが、観客の記憶に働きかけて映画にある種のキャラクターを押し付けてしまう。これを巧妙に使えば、それはひとつの大きな武器になるということをこの映画は示してくれる。それは、この題字によってこの映画が日本の伝統芸といっても過言ではない「着ぐるみ特撮映画」の正当な伝統に乗っているらしいということがわかるということである。 あと、個人的にはなべやかんが面白いと思う。
なべやかんに代表される細かいネタの部分に強いこだわりを持っているというのもこの映画が「イカ映画」(イカれているけれどイカしている映画。この映画にちなんで私が命名)として成功した大きな要因だと思う。「イカ映画」であればあるほどそこに隙があってはいけない。なべやかんはともするとまっとうな話になってしまいそうな映画をバカの次元に引き戻してくれる。このようなキャラクターを効果的に配置するこの監督の才能は実はかなりのものなのかもしれないと思った。主人公たちが「貫一・お宮」というネーミングなのもそんな狙いの一つかもしれない。
さらに小ネタが続くが、西村浩二やくのAKIRAというプロレスラーはかなり芸達者である。これまでも俳優として「仮面ライダークウガ」や大河ドラマの「武蔵」などに出演しているらしいが、この映画の出演陣の中では群を抜いて演技がうまい。他があまりに下手だというのもあるが、彼の熱演はやたらと目立つ。準主役がそんなに目だっていいのか、という気もするが、この映画ではなんだかそれがいいのである。
ちなみにこの映画、パンフレットがとても面白いので、かっても損はないと思うのだが、映画を見る前には読まないほうがいい。そんなパンフレットから拾ったネタをひとつ。いかレスラーのマネージャー役のきくち英一はベテランのアクション俳優だが、「帰ってきたウルトラマン」の中に入ってもいたらしい。そのあたりのマニア心をくすぐるキャスティングも絶妙といわざるを得ない。
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