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神に選ばれし無敵の男

2003/5/23
Invincible
2001年,ドイツ=イギリス,130分

監督
ヴェルナー・ヘルツォーク
脚本
ヴェルナー・ヘルツォーク
撮影
ペーター・ツァイトリンガー
音楽
ハンス・ジマー
クラウス・パデルト
出演
ティム・ロス
ヨウコ・アホラ
アンナ・ゴーラリ
ヤコブ・ウェイン
マックス・ラーベ
ウド・キアー
preview
 1932年ポーランドの小さな町、世界恐慌の波がここまで押し寄せ、小さな町にも不穏な空気が流れていた。その町に住むユダヤ人の鍛冶屋ジシェは弟とレストランで食事中に騒ぎを起こし、ユダヤ人である店主に弁償するようにいわれる。しかし店主は、いま町に来ているサーカスの世界一の力持ちに挑戦してみろと勧める。サーカスに出て、見事勝利したジシェのところに翌日、ベルリンの芸人のスカウトという男が現れ、ジシェにベルリンに来るようにという。そしてジシェはベルリンに行くことに決め、ベルリンで千里眼の男ハヌッセンの小屋で舞台に立つことになった…
 『アギーレ/神の怒り』『フィツカラルド』などで知られる鬼才ヘルツォークが劇映画としてはおよそ10年ぶりに監督した作品。実際にヒトラーの政権獲得を予言し、権力を手中にした実在の人物ハヌッセンの陰で歴史に翻弄されたひとりのユダヤ人ジシェ・ブレイトバード(これも実在の人物)を描いた物語。
review
 1932年、ヨーロッパ、非常に映画的な舞台である。世界恐慌の影響で人々は貧困にあえぐ。そしてナチスの台頭、戦争の空気、ゴチャゴチャとした群集劇も撮れる、無名のヒーローを描くこともできる。
 ヘルツォークはその時代を舞台にして、ヒーローですらない一人の男、ユダヤ人を描く。戦争を目前に、ユダヤ人の悲惨な運命を目の前にして、観客はこの男がヒーローとしてユダヤ人を救うのに、人間を救うのに何か目覚しい活躍をしたのだと想像する。ナチスの片棒を担ぎ、自分の名を挙げていったハヌッセンとは反対に、いま評価できるようなヒューマニスティックな活躍をしたのだと想像する。
 しかし、ヘルツォークはそのような安易なドラマティシズム、ヒロイズムへと話しを持って行きはしない歴史に埋もれていた一人の人物、その人物の生をそのままリアルなものとして提示する。この見事なアンチ・クライマックスはこの10年間ただただドキュメンタリーばかりを撮り続けてきたヘルツォークが到達した一つの到達点なのか? 舞台がポーランド/ドイツであるにもかかわらず英語をしゃべる登場人物たちにハリウッド映画の影を思い浮かべながら、ハリウッド的なヒューマン・ドラマを裏切る演出。そこにヘルツォークの静かなメッセージを読み取る。そして、美貌のピアニストを登場させながら、そこに恋愛物語を介在させないところにも、なにかクライマックスやロマンティシズムを巧妙に避けるヘルツォークのしたたかな戦略が感じられないだろうか。

 そのようにしてヒューマン・ドラマを裏切ったヘルツォークはわれわれを「神」の物語に導いていく。考えてみれば、ナチズム/ホロコーストを題材にした映画はそれが「ユダヤ人」の映画であるにもかかわらず、あまり「神」を問題にしてこなかったように思う。あまりに悲惨な出来事の前では「神」について語ることすら無意味だと感じられたということなのか。悲劇が忘却へと消え去ってしまうことを防ぐことももちろん重要だが、その悲劇の時代を生きた人々のリアルな生というものを実感として感じることはもっと重要であるような気がする。
 この映画はユダヤ人の心の中のいかに深いところに神がいるのかということを明らかにする。悲劇を生きたユダヤの人々にとって一番重要だったのは「神」だったのではないかと思う。あまりに悲惨なこの生が神のどのような意思によるものなのかを理解する。そのことこそがガス室で死んでいくユダヤ人の頭のもっとも大きな部分を占めた問題だったのではないか。この映画を見ると、そんな考えが頭に浮かぶ。もちろんそれはすべてのユダヤ人ではなく、ほんの一部だったかもしれないが、「神」の問題がもっと語られてもいいはずだ。
 そんな意味で私はこの映画で一番重要なキャラクターはジシェの弟ベンジャミンだと思う。映画の序盤に登場しさまざまなことを神の言葉のかたちで語るベンジャミン、その後ジシェが取る行動の多くはその神の言葉に動機付けられ、自分がユダヤ人であることを、神に選ばれたユダヤの民であることを強く意識している。
 それはヒトラーがある種の神的なものとして存在することによって宗教的なまとまりを持つナチスドイツの人々からの反射として、自らのユダヤ性を意識するのではなく、自分がユダヤ人であるという意識が先にあったということでもある。

 そのような「神」の問題がいったい何を意味するのか、それはこの映画では語られない。すべては抽象的で、あいまいなまま、クライマックスもなく、淡々と物語は進み、終わる。映画全体のそのような抽象的な空気とは裏腹に、印象に残るのは、ジシェの筋骨隆々とした肉体(本当に「The Worlds Strongest Man」なる大会のチャンピオンらしい)や、マルタの奏でるピアノの渇いた音(マルタを演じるアンナ・ゴウラリはロシア出身の世界的に有名なコンサートピアニストであるらしい)だ。
Database参照
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国別・年順: ドイツ

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